素直に自分の書きたいことを書いた作品でデビュー
「いえ、自分ではまったく変化や進歩が感じられていなくて、ずっと手探りで進んでいた感じです。ただ、2019年にすばる文学賞をいただいてデビューにつながった『犬のかたちをしているもの』を書いたときは、開き直りの気持ちがありました。どうせまた落選だろうな、だったら自分の書きたいことを好きに書けばいいやと素直に思えた。それまではどこか『もし知り合いに読まれでもしたら恥ずかしいな……』といった意識があって、吹っ切れていなかったのかもしれません」
デビュー後も着実に作品を書き継ぎ、2021年には『水たまりで息をする』で初の芥川賞候補に。そして今作『おいしいごはんが食べられますように』が2度目の候補となり、晴れて受賞となった。
「今回も書き終えたときに手応えはまるでなかったんですが。ただ、自分の人生においても大きい位置を占める仕事や職場のことを、真っ向から書こうという気持ちを固めて書いたのはたしかなので、そのあたりは多少変化があったでしょうか」
書き続けてきた末に射止めた芥川賞である。ときに高瀬さんは、なぜそこまで小説に入れ込むようになったのか。
「テレビドラマ、映画、漫画とフィクション全般は好きですけど、小説はいつだって特別な存在ですね。どんなときも私を楽しませてくれて、読むことで救われたり慰められたりもする。小説は私にとってとにかくカッコいいもので、それを生み出す小説家にはひたすら憧れの念を抱くばかり。小説にまつわるすべてが子どものころからの夢であって、その夢は、自分が小説家になれた今も覚めることがないです」
“座右の書”はそのときどきで変わる
「書く」とともに「読む」も続けてきた高瀬さんにとって、座右の書と呼ぶべき1冊はあるだろうか。
「それはそのときどきで変わっていきますけどね。いま頭に浮かぶものとしては……。金原ひとみさんの作品は全部好きで、『マザーズ』や『アンソーシャル ディスタンス』を読んだときには頭を思い切りぶん殴られたような衝撃を感じました。本谷有希子さんの『静かに、ねぇ、静かに』や『ぬるい毒』も、読むたび思わず声を上げそうになってしまう。島本理生さんの『ナラタージュ』は、これまでに何度読んだか知れませんね」
どれも読む側に大きなインパクトを残す作品ばかり。思えば今作『おいしいごはんが食べられますように』も、読み味からしてこれら先行作の系譜に連なる小説ではないか。
「もしそう読んでくださる方がいるのだとしたら、そんなにうれしいことはないです。生まれてきてよかったなと、ただただ思います」
メイク TOMOMI・小池康友(K.e.y.)