健康影響についてはどうか。『隠されたヒバクシャ』には、第五福竜丸事件最初の犠牲者、久保山愛吉の死因に対する「米原子力委員会の見解」(1955年4月6日付)が掲載されている。
アメリカ原子力委員会生物医学部部長、ジョン・C・ビューワーによる書簡で、「彼は明らかに放射線障害から充分に回復しつつあり、彼が亡くなった当時、確認できる内部被ばくによる損傷は報告されておらず、組織や骨格の放射化学による検査は極端に低い放射線であることを示しており、実際に、健康の観点からは無視できると判断されうるレベルに近づいていた」と記していた。
死亡時、死の灰による影響は低かったと見積もっている。その上で、「感染性型の肝炎」を発症していたとして、「このような肝炎そのものは、放射線障害が直接の原因ではないし、このような障害の一部をなすものでもない」と、発症と被ばくの因果関係を否定していた。
だが、『第五福竜丸は航海中 ビキニ水爆被災事件と被ばく漁船60年の記録』(第五福竜丸平和協会、2014年)において、ビキニ水爆被災事件静岡県調査研究会代表で医師の聞間元が、「米国の原子力委員会の専門家は、久保山の死は輸血による肝臓死だといいたいようだが、しかし骨髄やリンパ節の変化、精巣細胞の障害は輸血や肝炎ウイルスだけでは起こらない」と指摘していることも付記しておきたい。
そして、「黒い雨」に関連しても、注目すべき文書がある。1955年2月15日付のアメリカ原子力委員会委員長のルイス・ストロースによる公式声明と、同委員会による報告だ。「空中爆発による放射性降下物」と題された一節には、こう記されている。
「放射能の大部分は、地表に到達するまでに大気中に害なく消散し、残留放射能は広く分散される」
原爆が炸裂した地点は、広島は地上約600メートルで、長崎は約500メートルとされている。紛れもなく、「空中」だ。広島、長崎のように高空で爆発した場合、放射性降下物は、地上に落下する過程で「害なく消えた」というのだ。広範な放射能汚染は「地上近く爆発した場合」に限定された。
アメリカは「死の灰」に伴う賠償責任を認めず、政治的に幕引きを図った。それは、アメリカが戦後まもなく、放射性降下物を含む残留放射線の影響を否定した歴史と地続きにある。