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「執行猶予が明けてから人と会うことが多くなって……。きょうもある人とランチだったんです」

 物憂げな表情が、その昼食がどのような時間だったかを物語っていた。

 部屋は前に来たときよりも明るくなっていた。冬には半分閉まっていたカーテンがすべて開かれていた。それだけを見れば、清原が社会に復帰したことを象徴するような光景だったが、差し込んだ陽射しが映し出していたのはぐったりしたひとりの男と部屋に立ち込めた倦怠感だけだった。

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「清原和博をやるのって、結構しんどいんですよ」

 執行猶予が明けたからって何があるっていうんですか――。

 数カ月前に清原が六本木のホテルで吐き出した言葉が浮かんだ。答えがそのままこの部屋にあるような気がした。

 ふと西側の窓に目をやると、前に見たのと同じ場所に水槽があった。ただ、その中には砂利も水もなく空っぽだった。
 
「あの、亀たちは……」

 私が訊くと、清原は「ああ」と低い声で言った。

「欲しいっていう人がいたんで、あげたんです」

 清原は視線を床に落とした。これ以上、その話題を続ける意思がないことを示すよう黙っていた。

 目の前のガラステーブルには深い緑色をした小さな瓶が置かれていた。清原がプロ野球選手だったころから愛用しているという香水だった。すぐ脇には除菌用シートが添えてある。それらはテレビ台の脇にも、執務用とみられる小さな机にもまったく同じものが同じように配されていた。北側の窓の前には簡易クローゼットがあり、黒いTシャツと黒いスウェットパンツが幾揃いか掛けてあった。清原は香水にしても服にしても同じものをいくつも持っていて、ほとんどそれしか身につけなかった。

 一方で、テーブルの下にはセブンスターの箱が2つと吸殻をためた灰皿が転がっていた。部屋は制御されたものと、そうでないものとが入りまじって混沌としていた。あの冬の日、この4年間の変化を物語るように陳列されていたものたちはほとんどなくなっていた。その代わり、部屋には生身の人間の住んでいる匂いがしていた。

 生ぬるい空気のなか、テーブルの上の携帯電話が鳴った。清原はディスプレイを一瞥すると気怠そうに電話を手に取った。

「ああ、どうも。お久しぶりです」

 抑揚のない口調だった。

「ええ、はい……」「その日なら大丈夫だと思います」

 清原は「ええ」「はい」と曖昧な相槌を交互に打ちながら、視線をぼんやりとつけっ放しのテレビに向けていた。画面からは情報番組の司会者の大袈裟な声が響いていた。

「はい、ありがとうございます」

 気のない返答を幾つか重ねて電話は終わった。

 清原は携帯電話をテーブルの上に投げ出すと、「ああ……」という嘆息とともにソファに倒れ込み、ごろんと仰向けになった。黒いTシャツのすそから腹がのぞいていた。清原はそのまま私のほうへ視線をやると、こう言った。

「清原和博をやるのって、結構しんどいんですよ」