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会社は50万円の退職金を持参して「労災ではない」

 残されたA子さんら家族にとって、あまりに突然の出来事であった。2011年当時、A子さんの子どもはまだ中学生。夫は息子が成人して一緒にお酒を飲むのを楽しみにしていたというが、その夢が叶うことはなかった。

 あまりのショックで亡くなった直後のことをA子さんはほとんど記憶していないという。事件直後の記憶の欠落は、過労死遺族に共通する体験である。

 慌ただしく準備した葬儀を終えて数日が経ったとき、会社の同僚で事務員として働いていた女性が、職場に残された遺品の整理のために自宅を訪れた。A子さんはその際、女性が一緒になって涙を流し、夫の死を悲しんでくれたことを記憶している。しかし後に見るように、この女性事務員が後の民事裁判では会社側に立って、脳幹出血はA子さんの夫が健康管理を怠っていたことが原因であり過労死ではない、と主張するとは思ってもみなかっただろう。

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 また、会社を代表して社長と工場長も退職金50万円を持って自宅を訪問した。実はA子さんは法的な「過労死」とは自覚していなかったものの、生前の様子からして、会社での働き方が原因で亡くなったとは感じていた。そこで社長らに職場状況について聞いてみると、「みんな長い時間働いていますから」「労災には当たらないと思います」と社長らが発言したことを記憶している。A子さんはその回答に違和感を抱きつつも、どうすればいいかわからず、その場でそれ以上問いただすこともできなかった。

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 A子さん家族はその後、いくつもの「偶然」が重なって労災認定、裁判での勝訴を勝ち取っていく。だが、その道は平たんなものではなかった。

保険業者から偶然「労災申請」を知る

 過労死の遺族に対して用意されている国の補償制度は「労災保険」である。ほとんどの人が仕事上のケガや病気が労災(労働災害)に当たることは認識しているだろうが、過労死の場合も、それが長時間労働やハラスメントなどが原因の業務上の死となるには、国が労災と認めなければならない。しかし、遺族の中には過労死が労災に当たると認識していないどころか、その申請先や手続方法も含めて労災制度自体を知らない場合が珍しくない。

 もし労災について知らず、申請を行わなければ過労死は統計上の「過労死事件」とはならない。そうして多くの事件が闇に埋もれていく。

 A子さんが労災制度を知ったのは、偶然の出来事だった。A子さんは地元の農協を通じて子供の教育費のために積立を行っていた。「年金アドバイザー」の肩書を持つその担当者がA子さんの夫の死後に自宅を訪れた際、厚生年金から支給される遺族年金に加えて、状況からして労災保険も給付されるのではないかと助言してくれたのだ。