会社に対して責任追及するためには…
A子さんの夫の死に対して労災は2012年に認定された。過労死が認定されると、定額の遺族特別支給金として300万円に加え、勤務時の給与に応じて遺族補償年金・遺族特別年金が毎年支給される。とはいえ、これは国が労働者側の過失を考慮せずに一定率で支払うものであるため、遺族側は慰謝料などそれ以上の補償を民事訴訟によって別途請求することができる。
労災が認められたことでA子さんは、会社に対して何かしらの責任追及ができることは認識するようになったが、裁判については誰に相談すればいいのかも想像がつかないまま、月日が経った。A子さんの息子はまだ高校生で、家族のことで手一杯だったことも、裁判を提起することに対するハードルとしては大きかった。
そのようななか、A子さんの息子が高校を卒業し東京で就職することになった。A子さんは息子には父が過労死したことは伝えており、いつかは会社に対する行動を起こしたいと話していた。中学生の時に父を亡くした彼は、労働問題や過労死について情報発信しているいくつかのツイッターアカウントをフォローしており、その中に労働問題や「ブラック企業」対策に取り組む労働NPO「POSSE」の代表を務める私も含まれていた。そして、ツイッターで告知されていた私が登壇する一般向けイベントに参加し、POSSEに関わるようになったのだ。
「勝てないからやめておけ」といわれて諦めるケースも
A子さん家族は会社に対して行動したいという意向は抱いていたものの、実際に裁判を起こすとなれば弁護士に依頼する必要がある。しかし、弁護士も有資格者であれば誰でもいいわけにはいかない。基本的に労働者の立場で依頼を引き受ける弁護士もいれば、会社側に特化したいわゆる経営法曹もいる。また、残業代請求や不当解雇の撤回といった労働問題に明るい弁護士でも、過労死というさらに「困難」な事件には精通していないことも珍しくない。
経営者側や、過労死に詳しくない弁護士によって「勝てないからやめておけ」といわれていったん諦めてしまった(その後、別の弁護士に相談し勝訴した)という事例も後を絶たないのだ。
そこでPOSSEのスタッフはこれまで様々な労働事件で協力関係にあり、過労死問題にも精通している都内に事務所を構える暁法律事務所の指宿昭一弁護士をA子さん家族に紹介し、相談時に弁護士事務所まで同行した。そして、指宿弁護士に正式に依頼することとなり、ついに会社や当時の役員らに6000万円ほどの損害賠償を求めて提訴した。
ここに至るまで、夫を亡くしてから実に6年もの歳月が流れていた。親切な年金アドバイザーが親身に助言してくれたこと、労働時間の記録が労基署に提出されたこと(これはかなりの幸運であった)、イベントで私たちと知り合ったこと、多くの「偶然」があってはじめて過労死は裁判で争われる「事件」となったのである。
だが、裁判を提訴すると、A子さん家族はさらなる困難に立ち向かわなければならなくなっていく――。