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 A子さんはよくわからなかったが、「なんなら私が労基署に行って書類をもらってきます」と親身になって対応してくれたため頼んだところ、数日後には年金アドバイザーから受け取った労災申請書類に記入して、亡くなった4ヶ月後の2011年11月に花巻労働基準監督署に提出した。対応した労基署職員は「あとは全部こっちでやりますので」と言ってくれ、A子さんは安心したという。

 実は、周囲の「非専門家」に助言を受けて過労死に気づいたという遺族は少なくない。こうした「権利に気づくまでの経緯」は、まだまだ社会の啓発も十分ではなく、身近に専門の窓口も存在しないことを如実に表している。

労災の書面への署名を拒否する会社

 過労死が労災と認定されるためには、労働と死亡の間の因果関係を証明する必要がある。労災制度ではこれを「業務起因性」と呼ぶが、その判断基準の中心は労働時間である。発症の前月に100時間以上、あるいは発症前2~6ヶ月間で平均80時間を超える時間外労働を行っている場合、過労死であると認定される可能性が高い。

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 A子さんは夫の労働環境に関するタイムカードなどの「証拠」を一切持ち合わせていなかったが、労基署が調査したところ、会社は日報とタイムカードを提出し、幸いにもそれに長時間労働を裏付ける実際の労働時間が書かれていた。

 しかしながら、会社は「連日7:20分(ママ)に出かけ夜10:30分(ママ)過ぎに帰宅」の記述に関しまして、弊社としてはご指摘のあったような勤務状況にはなかった」、また、脳幹出血が原因で死に至ったのは「生活習慣または年齢的な部分もあった」と労基署に回答して、書面に押印すらしなかったのだ。

申請率や認定率の低さの背景

 ここに企業側の本質的な態度が現れている。亡くなった直後には葬儀に参列したり、遺族を弔う言葉をかけたりしても、労災となれば会社の責任が問われ一定の損害賠償を行うことになりかねない。

 労災保険自体は企業が与えた損害を国が補償するものであるから、認定されても企業側の直接の負担はない。だが、労災が認定されると会社の保険料が上がる。また、労災認定基準と後に見る民事訴訟の判断基準は近似しているため、その後に訴訟を起こされることを警戒し、国による保険制度の活用すら妨害しようとする企業が後を絶たないのだ。

 A子さんの場合は、タイムカードが改ざんや破棄されずに残されていたため労基署は労災だと認めることができたが、もしこれがなければ、実際に過労が原因だったとしても「過労死」だと認定されなかっただろう。このような会社の妨害工作が、申請率や認定率の低さの背景にある。