1920年のマルタ共和国、独身の船長ヤコブは「このカフェに入ってきた最初の女性と結婚する」と宣言し、美しき女性リジーとすぐに結婚する。だが長年男たちに囲まれ海上生活を送っていたヤコブは、パリの社交界で浮名を流してきたリジーに振り回されるばかり。嫉妬や疑念が渦巻き、二人の結婚生活は混乱に満ちたものになっていく。
『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』は、パリやハンブルクを舞台に、愛する妻を理解できず、ひとりもがき苦しむ夫の姿を繊細に描く。原作はハンガリーの作家ミラン・フストが1942年に発表した小説。10代でこの小説に魅了されたイルディコー・エニェディ監督が数十年をかけ映画化を実現し、自分の妻(女)を観察する夫(男)の物語を女性監督の視点から描くという、多層的でユニークな映画が誕生した。そもそも、なぜ女性であるエニェディ監督は、ヤコブという男の姿を描こうとしたのか。
女性のまなざしで“伝統的な男性”を眺める映画
――監督はミラン・フストの原作を10代の頃に読んで感銘を受けたとのことですが、それ以来、長年この小説の映画化を考えていらしたのでしょうか。
エニェディ 長いこと映画化を考えていたのはたしかです。ただ、私の初めての監督作『私の20世紀』(1989年)の製作環境は非常に複雑なものでしたので、ミラン・フストの小説の映画化もやはり非常に複雑な製作現場になるだろうと、自分でもよくわかっていました。そこで『私の20世紀』を撮り終わったあと、どうなるかは考えずまずは脚本を書いてみることにしました。残念ながらその時点では映画化権を獲得できなかったのですが、時間を経てようやく権利を取得し、このたび映画化が実現したというわけです。
――映画を見て、一見古典的な物語のようでいて、男性と女性の複雑な力関係という点では実に現代的な物語だと感じました。以前に書かれた脚本と、今回の映画化のために用意された脚本は、時代を経て内容は変わっていったのでしょうか。
エニェディ 実際にはわずかな変化しかありませんが、その変化は意義深く重要なものでした。デビュー作の『私の20世紀』で、私は様々なテーマを扱いましたが、そのうちのひとつが、女性と男性が社会のなかで果たす役割についてでした。当時から、それが自分の興味を引くテーマだったのです。ただ以前の私はまだ楽観的で、社会に存在するジェンダーギャップは早い段階で改善されるだろうと思っていました。性別に関係なく平等に権利を与えるのが社会にとって望ましいことは、誰が見ても当然のことですから。ところが数十年後の今になってもジェンダーギャップの改善が実現しないなんて、当時は考えてもいませんでした。