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 ところが、一度リジーの世界である地上に降りたとたん、ヤコブは矛盾と官能が渦巻く世界に投げ込まれてしまいます。普通の人々にとっては、それは単なる「社会生活」に過ぎません。けれどそこにはとても複雑なルールがあり、その生活に慣れていない人にとってはとても居心地の悪い場所です。たとえばルイ・ガレルが演じるデダンのような男は、社会生活という複雑な迷路に根ざしている人であり、皮肉やほのめかし、ときには人を惑わすような幻想を口にすることに長けた人間です。対してヤコブは、その世界のルールを理解できず、自分が急に無力になったような屈辱感を感じてしまう。それが、ヤコブにとっての海上と地上の世界の違いなのです。

© 2021 Inforg-M&M Film – Komplizen Film – Palosanto Films – Pyramide Productions - RAI Cinema - ARTE France Cinéma – WDR/Arte

――前作の『心と体と』(2017年)と『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』は、物語の設定や製作規模という点ではまったく異なる2作に見えますが、本質的には、共通するテーマを扱っているように感じました。どちらも、異質な二人の男女がどうすればつながり合うことができるのか、その葛藤を、共感を持った視線で描いている映画ではないでしょうか。

エニェディ そう言っていただけて嬉しいです。実はアメリカでいくつか取材を受けた際は、そうしたことがうまく伝わらなかったんです。「なるほど、これは時代劇のラブストーリーね」という表面的な印象で片付けられてしまって、歯痒い思いを何度かしました。

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イルディコー・エニェディ監督

 私は映画作家として、毎回ストーリーにあわせて異なる形式を選ぶタイプです。「これが私のスタイルです」というわかりやすいスタイルはないでしょうが、それぞれの形式は、これまで私がつくったすべての映画とつながっています。私がこの映画をつくりながら考えていたのは、「狂騒の1920年代」という懐かしい時代の景色の下に隠れたものを見てほしい、私がどうして今この映画をつくったのかを感じ取ってもらいたいということでした。おっしゃるように、この映画の表層の下には、まさに『心と体と』に通じる何かが隠れていると思います。そういうふうに日本の観客のみなさんにも見ていただけたら嬉しいです。 

Ildikó Enyedi/1955年、ハンガリー生まれ。初監督作『私の20世紀』(89)がカンヌ国際映画祭でカメラドールを受賞。2017年に発表した『心と体と』はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。