住宅街の細い路地にサイレンを響かせて警察官が駆けつけたとき、男は何も持たず、じっと道に立ったままそれを待ち受けていた。夕刻が迫ってもまだ陽は高く、30度を超える気温の中、涼しい気配さえ漂わせながら。
「ここです。こっちです」
おとなしく、落ち着いた素振りさえ見せるその様子に、声をかけられた警察官も面食らったことだろう。110番通報が入ってから、まだ5分ほどしか経っていない。「通報者ですか」という問いに、その男は「はい、通報したのは私です」と答えると、はっきりとした口調で名乗り、目の前にある一戸建てを指して言った。
「この家の久保さんを殺してしまいました」
被害者の首にはうっすらと赤くなった指の痕が
通報があったのは7月27日午後4時前、兵庫県南部・加古川市の住宅街からだった。JR加古川駅から2キロほど、国道と山陽新幹線に挟まれた昔からの民家が建ち並ぶ一帯では、住民同士の繋がりも色濃く残る。地元社会部記者が事件の経緯を語る。
「通報したのは浦一生(いっせい)容疑者(31)。事件を起こした本人によるものでした。内容は、隣に住んでいる久保千鶴子さん(87)の家に忍び込んで久保さんを殺したというものです。浦容疑者と久保さんの家は、隣というより路地を挟んではす向かいにありました。互いに顔も知っていたでしょう」
実際に、駆けつけた警察官は家に入ってすぐ、その現場を目の当たりにした。1階の寝室で、仰向けに倒れたままの久保さんは既に意識もなく、脈も呼吸もなかった。首にはうっすらと赤くなった手の痕が残っていた。
夫が2階で昼寝をしている間に浦容疑者が侵入
ここで警察官は二度驚いただろう。2階から下りてきたのは、久保さんの夫(86)だった。
「昼寝をしていた夫は警察官の臨場で目を覚まし、その警察官から妻が襲われたことを知らされました。気の毒で、言葉もありません。昼寝は夫婦の日課だったようで、事件があった時に久保さんは1階で、夫は2階で昼寝をしていました。まさか午睡の間に向かいに住む若い男が入ってくるなど、思いもよらなかったでしょう。夫が久保さんを最後に見たのは寝る前の午前11時半ごろ。浦容疑者の侵入したのは、その後のことです」(同前)