水商売にも才能があったらしく、和子が働く店は大繁盛だった。この時分、突然姿を消しては、ブランド物を身にまとってあらわれたりしている。パトロンでも見つけたのか、ホテル代も10日分を前払いするほど羽振りがよかったという。
和子は長男のことが心配なのか、和菓子屋を逃亡した後も、たびたび彼に電話を入れていた。結婚すると聞けば、長男と相手の女性を京都まで呼んで会っている。それも、ゴールデンウィーク真っただ中の、人ごみであふれるデパートで会って食事をしたという。夜ではなく、昼間に堂々と会ったのは、逃亡者としてではなく、世間並の母親として会いたかったのだろう。
故郷に似ていた福井
時効まで1年を切るころから、和子はほぼ継続的に福井に滞在するようになっていた。このころの和子から逃亡者の雰囲気は感じられない。
1960年代に『逃亡者』というアメリカのテレビドラマがあったが、主人公のリチャード・キンブルは人目につかない郊外のモーテルを転々としたのに対し、和子は人通りの多い駅前のホテルを常宿にし、ホテルの女性従業員と食事やドライブまで楽しんでいる。外では同じ店で買い物をし、同じ店で飲み、まるで福井の住人にでもなったような振る舞いだった。
和子を取り調べた刑事らの上司である松山東署の中井邦彦刑事調査官(当時)によれば、福井は「自分の住んでいた大洲に似ていて安心感がある」と和子が供述していたという。
「福井は骨休めの場所なんです。他で稼いで福井で体を休める。知らない土地なら目立って通報される恐れもありますが、福井ではそれまで警察に通報されていないし、安心感があったはずです。隠れるなら福井、そう思ったんじゃないですか」
大洲に似ているのは、福井県東部にある大野市のことだろう。どちらも盆地で町の中を川が流れ、「小京都」と呼ばれて城下町の雰囲気を色濃く残しているところはよく似ていた。「私の家は大野市」と吹聴したほどだから、何度か大野市にも足を運んだのだろう。彼女はこの福井を、楽しかった大洲時代に重ねていたのかもしれない。が、これだけの理由で14年11か月もの逃亡を無駄にするだろうか。