「私、シリコン整形なんてしてないわよね」
福田和子が逮捕される前日、逮捕のきっかけとなったおでん屋「S」にやってきた和子は、女将に突然こう言ったという。
「ママは最近テレビでやってる人に私が似てると思ってるんじゃないの」
時効まで1か月になったときから、テレビは連日のように福田和子のことを報じていた。驚いた女将が「なんでそんなこというのよ」と尋ねると、和子は「私が似てるという人がいるのよ」と言い、店にいた客の手を取って、「私、シリコン整形なんてしてないわよね」と自分の鼻をさわらせたという。
6月からすでに4000件をこえるタレこみ情報が警察に寄せられていて、和子の周辺でも話題になっていた。逮捕の危険が迫っていることは、彼女も気付いたはずである。それなら、和子は逮捕されたときに63万円の現金を持っていたのだから、なぜこのお金で身を隠さなかったのだろうか。取り調ベた当時の刑事は、「整形で顔を変えたからバレるはずがないと油断したのだろう」と私に言ったが、果たしてそうなのか。当時、私が書いた『福田和子 49年の逃亡人生』(「文藝春秋」1997年10月号)には、そのことについて触れずじまいだった。
「おふくろは寂しがり屋でした」
すでに福田和子はこの世にいない。彼女を一番知っているのは長男である。なぜ福井から逃げなかったのか――私はその答えを求めて長男のいる四国へと向かった。
この長男とは、1997年に取材してからもたびたび会っている。決して嘘をつかず、周囲に気遣いを欠かさない実直な男である。駅前の小料理屋でジョッキを傾けながら、私の質問に「なぜ逃げなかったのかって、そんなこと考えたこともないし、おふくろに訊いたこともない」と戸惑いつつ、こんなことを語ってくれた。
「一審で松山拘置所にいたとき、おふくろは自殺未遂したんです。そのときの遺書には、ぼく宛に『新しい家族がおるんやから、私がおらんようになっても寂しくはないよね。これまで迷惑をかけて悪かったねえ。遺骨は根上(ねあがり)に持って行ってほしい』と書かれていました。根上とは和菓子屋があるところです。おふくろは、時効になったら和菓子屋のご主人と一緒になるつもりでいたんです。難しいとは思うけど、きっとおふくろには何か考えがあったんやと思います。根上は大洲と一緒でほんまに楽しかった。おふくろも、ぼくとご主人と3人で過ごしたことが楽しかったんやと思います。
ぼくが結婚して長女が生まれたとき、おふくろが名付け親になってくれ、お宮参りの着物まで送ってくれましたが、そのころから電話が少なくなっていました。時効まで1年というときに警察が懸賞金をかけましたが、あれからおふくろの電話もなくなりました。きっと逃げるのに必死で、電話できなかったんやと思うんです」