「何が一番怖いかというと、孤独なんです」
長男はしばらく考え込んだあと「おふくろに訊かなかったけど、もしぼくがおふくろなら、やっぱり逃げなかったと思う」と言った。
「実は、ぼくとおふくろは、性格が一緒なんです。だから、おふくろの考えていることはようわかるんです。2人とも何が一番怖いかというと、孤独なんです。すごい寂しがり屋で、たえず人と一緒におらんとだめなんです。1か月ぐらい山の中に隠れてたらよかったのにという人もいましたが、それはおふくろにはできなかったと思います。ホテルを1人で転々とすることも、絶対にでけんと思いますね。
テレビドラマなんかで、1人でバーのカウンターに座って飲むシーンがあるでしょ。ぼくには絶対にできんし、おふくろもできんと思う。だから、泊まっているホテルで掃除のおばちゃんと仲良くなったり、同じおでん屋に連日通ったりするんです。常連なら、その店に行けばいつでも話ができるでしょ? そこに行ったら楽しいんじゃなくて、寂しいから行くんです。
もしこれが、新しい土地で知らん店に入ったらどうですか? ホテルを転々としてたら、誰とも話でけん。1か月も話をせんと過ごすなんて、おふくろには無理です。自分が中心になって騒いでると安心できるんです。だからあのおでん屋で、マラカスなんて振らんでもええのに、言われるまま振ったんです。おふくろにとって、いつも周囲に人がいて、いつでも話ができるのは、福井しかなかったんやと思います。だから、福井から離れたくとも離れられなかったんですよ」
あれから14年が経ったが、いまだにこの事件への関心は薄れていないという。多くの人が、およそ叶えられそうもない願望を、福田和子という女の人生に重ねるからだろうか。今いる現実から逃避し、誰も知らない世界で、別人として新たに人生をやり直してみたいという願望を――。しかし、そのことはすなわち、今の日本がますます生きづらくなっていることの裏返しのようにも思える。