現在日本では、毎年約8万人も失踪者がいるという。その人たちのことをときどきぼんやりと思う。どんな事情があったのか。さらに、家族や友人が、あるいは自分が失踪したらどうなるのかを考えることもある。
『残された人が編む物語』は、行方不明者の足跡を、残された側から見つめ、双方の人生を問い直す連作短編集である。実の弟、学生時代のバンド仲間、夫、かつての勤務先の社長、母親。5つの短編の、失踪者と捜している人の関係はそれぞれ異なるが、「行方不明者捜索協会」という名の民間企業のスタッフ西山静香が、すべて関わっている。
西山の仕事は、行方不明者について「主にネットやSNSを使って情報を集めたり、調べたり」すること。さらに「サポートお任せパック」を契約した依頼人には、関係者の聞き取りなどの希望に応じる。行方不明者の捜索というと、探偵事務所による粘り強い張り込みなど、警察の仕事に近いヘビーなイメージがあるが、常におだやかな言動で依頼人に寄りそう西山は、やさしいベテランマネージャーのようである。
長年疎遠だった弟が亡くなっていたことを知った亜矢子に「行方がわからないという不安な時間を過ごした後で、死を知らされた場合は多かれ少なかれ心に傷を負います。そこにかさぶたが出来るまでの時間が必要になります」と告げる。さらに「(心の傷を治す)かさぶたを早く作るには物語が必要」だと続ける。
行方不明だった人の死亡が明白になれば、事務的には失踪者から死亡者に代わるだけである。しかし、どこかで生きているかもしれないという希望を消された「残された人」は、実感のないまま突然の喪失を受け入れなくてはならない。ぽっかりと空いたその穴に、その人の生前の具体的な記憶を物語として埋める、という過程が確かに必要なのだと「残された人」の気持ちに共鳴して思う。
どんな場所に住み、どんな仕事をし、どんな服を着て、何を食べ、何を思っていたのか。二度と同じ時間を過ごすことはできなくても、その人が生きていたことを知るよすがを見つけられたら、その魂を心から悼むことができ、残された人も、生きていくべき明日へ目を向けることができる。
たびたびわけもわからずキレる癖のあった弟を理解することができないままだった姉が、その遺品の中に自分がかつてプレゼントした詩集『攻略と愛』を見つけるエピソードが胸に沁みた。心をうまくコントロールできなかった彼が、なんとかしたいと切実に願っていたことを、この一冊の本が伝えるのだ。
亡くなってから知る事実はときに残酷で、深い悔恨に繋がることもある。決してきれいごとばかりではない。そこにこの小説の真摯さを感じた。ままならぬ人生の一瞬が、淋しく暖かく消え残る。
かつらのぞみ/1965年、東京都生まれ。会社員、フリーライターを経て、2003年に『死日記』でデビュー。他の著書に『県庁の星』『嫌な女』『結婚させる家』『終活の準備はお済みですか?』など多数。
ひがしなおこ/1963年、広島県生まれ。歌人、小説家。近著に『一緒に生きる 親子の風景』『短歌の時間』などがある。