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検問所では隊員がバリケード脇から手招き…

 基地ではブカブカのチョッキとヘルメットに身を固めた昨日とまた違う若い女性がフォルクスワーゲンに乗り込んできた。今日はこの車のまま行くんやろか? こう事態がころころ急変したら、もはや聞く気になれん。ワーゲンは昨日の朝ベンツ装甲車で待機していた同じイルピンへの最後の検問所でまた止められた。

 雨が強くなった。今日こそ行けるのであろうか? それなら最悪の天気である。4人ともさっぱりしゃべらなくなった。ワーゲンの前にはいつのまにかアウディのRV車が止まっていた。車体うしろに白いテープでPRESSと貼られている。同業者であろうか? 今はほかのメディアのことより、自分自身のことである。

防弾チョッキさまざま 撮影・宮嶋茂樹

 検問所を警備していた隊員がバリケード脇から手招きして、前のアウディはゆっくり出発して検問所をくぐり、森の奥に消えた。さらに1時間が過ぎた。今日たとえ行けたとしても帰ってこられるのであろうか?

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 いや最終的に無事帰れるなら1日や2日最前線の町で夜を明かして写真撮るのも悪くないが。今日帰らざるをえないとしたら、何時間向こうにいられるのであろうか?

 フロントガラスのワイパー越しにさっきの隊員が手招きするのが見えた。助手席の女性が見たことないような身分証明書を見せるやバリケードの間にあった遮断機が上がった。ワーゲンは最初こそ徐行したが、デニスはすぐに一気にアクセルを踏み込んだ。

 ワーゲンは無人の森の中の一本道を爆走し始めた。途中、砲撃でできた穴や倒木が車線をふさいだが、微妙に避け止まることはなかった。ボスニア紛争中のサラエボ市内のスナイパーストリートを思い起こさせた。あそこも怖かった。サラエボはワシ1人やったが、今日は4人もいる。標的がでかい。

 スピードを落とさないのはサラエボと全く同じ理由からである。この森に潜むロシアのスナイパーや残党からの待ち伏せ対策である。しかしこんな悪路をそこまで飛ばさなくてもというくらい、敵弾より交通事故が怖い速度であった。

「イルピンなのか?」

 森の中を進むこと5キロ。急に目の前が開けた。穴だらけの道路標識や破壊された商店の看板からイルピンの文字が読める。デニスにも念を押す。

「イルピンなのか?」

「ああ、自分の目で確かめてみろ」

 霧に霞む通りに見えるのは迷彩服姿の軍人や顔まですっかりフルフェイスのマスクで覆った特殊部隊ルックの一団ばかりで一種異様な活気に溢れていた。

 やっと、やっとたどり着いた最前線の町である。何から撮ればええんや。とりあえず目の前にあるものはみんな撮っておくことや。電池が尽きるまで。ここまでのイライラを吹き飛ばすようにかたっぱしに撮り始めた。