浴びせられる非難の視線と罵詈雑言
なにを撮っても問題ないだろうとタカをくくっていたのかデニスまで首をひっこめている。逃げるようにはしけを渡り町の方向に向かう。橋の下を進むうちに暗さに目が慣れてきた。そこには雨を避け、キーウへの脱出の機会を待つ避難民に加え、最前線から交代でここまで撤収してきたのか迷彩服の群衆が蠢(うごめ)いていた。
この顔で外国人と分かり、肩から下げていた道具でこちらの稼業が知れるや再び非難の視線と罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられた。ここが暗い分、目がぎらつき、さらに怖い。この人数である。様々な部隊が混在しているのであろう。中には高級将校もいるのであろうが部隊が違えば指揮系統もかわり統率もきかないのであろう。
中にはきれいなクィーンズ・イングリッシュの発音まで聞こえる。その内容は4文字言葉のとてもきれいとは言えんものだったが。あの一団は外人部隊、おそらく義勇兵。絶対にレンズを向けてはいけない方々であろう。これはいくら無神経な不肖・宮嶋もたまらんと橋からはずれ街へ向かおうとして、すぐ止めた。
(いかん、土の地面や……)あの悪運強かったロバート・キャパですら何十人もの将兵が通ったあとに地雷を踏んで命を落としたのである。
後ずさりしながら再び今度は背中に視線と罵声と嘲笑を浴びることになった。これが戦争か……自らの意思と関係なく、家族まで巻き込まれ、戦いに明け暮れるようになり、毎日破壊と殺戮を目の当たりにし、気が付けば周りはがれきと死体の山が積みあがっている。それが故郷で行われたのである。そりゃあ荒(すさ)む。
そんなとこにわざわざ外国からカメラ担いでやってきたアホヅラが自らの不幸でしのいでいると分ったらののしりたくなる。いや撃ち殺したくなるぐらいやろ。いままでも背中からいや面と向かって、ののしられたこと一杯あった。そういう稼業やと割り切ってきた。しかしなあ今日は堪えた。
しかし何度も言うがこれが戦争や。ふだん虫も殺せぬ男が自らや家族を守るためには喜んで銃を手に取る。そしてその愛する家族が殺されようもんなら、躊躇なく敵に向けて引き金を引くようになるのである。そんな日が続くと平時では全く考えられない言動を起こす。そんな場に自らの意思でやってきたのである。
橋の下、この殺伐とした空気から逃れるように道路に上がる。雨のため土手がずるずる滑る。何度も転げ、また嘲笑をあびる。ただでさえ雨の上、急斜面である。何度も手をつき膝を落とし土手を登り切った。
そこには40年のカメラマン生活で一度も見たことがなかった荒野が広がっていた。いや映画のスクリーンでは何度か見た「バイオハザード」のラストシーンである。「ヘイ! 地雷に気を付けろ!」デニスも橋の下から顔を出していた。
ルビコン川ならぬイルピン川を渡り不肖・宮嶋はロシア軍との戦闘後初めてイルピンに足を踏み入れた日本人になった。デニスは一緒にきた医療関係者のボランティアと動き回り、ステファンも重いカメラを担いで走り回っていた。
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