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石坂浩二さんにスペアリブを出して失敗

辻村 お嬢さんは、ごく普通の素朴な和食がお好きでしたね。芋の煮っ転がしとか、古漬けとか。お味噌汁の具はかんぴょう。それと干物を焼いたり、ちょこっとお惣菜を変えるだけ。

関口 好き嫌いもなかったわね。

辻村 これは食べられないっていうのはなかった。

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加藤 うちの食卓は本当に質素で、イメージと違うみたいで、皆さんびっくりするよね。あと、お袋は、おでんが本当に好きだった。

辻村 お嬢さんは、おでんが3日続いても平気でした。

加藤 地方のステージが多いから家にほとんどいないけど、東京にいるときは一緒にご飯を食べる。学校から帰って来て「あっ、お袋いるな」と思うと、「また、おでん?」って。

辻村 お嬢さんから「きれいに食べたら、美味しかったってこと。ちょっと残してたら、イマイチってことだから」と言われてね。割り箸の袋に「美味しかったよ」って書いてあったのを見たときは嬉しかった。あの箸袋はいまでも大事に取ってありますよ。

加藤 お袋は料理を作らないから、僕にとって家庭の味といえば、あさちゃんの手料理でした。何を食べても美味しかった。

 我が家は質素な料理が多かったけど、名物料理で豪華だったのは、淡路恵子さんが教えてくれたスペアリブだね。いまだに一番の好物。あさちゃんにたまに焼いてもらうんです。

辻村 私の大失敗は、そのスペアリブ。石坂浩二さんたちが遊びにいらしたときに作ったら、味が濃すぎて、お嬢さんに「しょっぱい」と言われてしまってね。途方に暮れてたら、石坂さんが助けてくれたの。スープにして、ちょうどいい味にあつらえてくれたんです。

加藤和也さん ©文藝春秋

朝起きてから、家が荒らされていた

加藤 そういえば、あさちゃんしか家にいないとき、泥棒が入ったでしょう。

関口 そうそう。お嬢さんと私たちは、新潟へ公演に行ってた。

加藤 建て直す前の家で、賊は3階から入って、2階のお袋の部屋を狙った。あさちゃんが寝ている1階まで、物音は聞こえなかったんだね。

辻村 朝起きてから、家が荒らされてるのに気付いて。のんちゃんに、すぐ電話で報告したんです。

関口 お嬢さんに話したら真っ先に、「あさ子は大丈夫か?」と心配してくれた。

辻村 それを聞いて、ありがたくて泣けちゃった。「何を盗られた?」って訊くのが普通なのに。

関口 泥棒は慌てたみたいで、盗んだ物を裏の土手に落としてたね。

辻村 でも一番大切な、和也さんが誕生日にプレゼントした指輪がなくなってたのよ。

加藤 お袋が好きなチョウチョのついた指輪ね。数万円だったけど、1年くらいお小遣いを貯めて、お袋が馴染みにしてた宝石屋さんへ行って、安くしてもらった(笑)。

関口 あれだけは返して欲しいと、お嬢さんはずっと言ってた。

辻村 私がトロくさかったのよね。

加藤 もし泥棒に気がついて「ギャーッ!」とか叫んだら、かえって危なかったよ。

辻村 お嬢さんにも、「おまえ、起きて来なくてよかったよ」って言われたけど……。

(構成・石井謙一郎)

加藤和也氏、関口範子氏、辻村あさ子氏による「美空ひばり邸の三婆」の全文は、「文藝春秋」9月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。