戦後、多くの分野でイノベーションを起こしたメーカー・カシオ計算機にあったのは、徹底した現場主義と技術重視の経営、そして四人の兄弟の絆だった。創業者である樫尾忠雄社長(当時)が35年前のインタビューで語った内容は、今日にも通じる金言ばかりだった。
聞き手は、後に田中角栄の秘書も務めた麓邦明氏(評論家)。
ジャーナリスト・大西康之氏の解説付き。
出典:「諸君!」1983年7月号「半導体は神サマです」
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麓 男が外に出ると7人の敵がいる、といいますが、カシオさんの場合、商品が多岐にわたっているために、「電卓はシャープ、楽器はヤマハ、時計はセイコー」というふうに、だいぶいらっしゃるわけですね、敵が(笑)。一つの分野だけでも大変なのに、こんなにライバルがいるとエライことだと思うんですが……。
樫尾 一つ一つお答えしますとね(笑)、もともとウチは計算機を作る会社として、昭和32年にスタートしたわけで、世界中どこにもなかったリレー式計算機を発売もしましたし、まあ電卓の分野では伝統もある。だから特に意識していないですよ。シャープさんはシャープさんで立派な会社ですし、ともに存在価値があるからこそ発展してるんじゃないですか。
楽器にしても時計にしても、ライバルといわれるとちょっと違うんですよ。エレクトロニクス技術を応用することによって、一つの楽器で多種類の楽器音を出せるという特長をもつ、今までの自然楽器とはまったく違った楽器を開発したんです。誰しも音楽は好きで、楽器を演奏してみたいという気持はみんな持っているんですね。持っているけど、大人になると、今さら楽器を練習するのは格好が悪いとかなんとかで、弾(ひ)ける人は1割しかいないといわれているんです。だから、あとの9割のうちの何パーセントかの人に使ってもらえるような楽器を、ということで開発したのがカシオトーンでして、ピアノに代表される従来の鍵盤楽器と違う新しい商品なんですね。そういうことでスタートしたところ、たまたまエレクトロニクス技術がさかんになって、相前後して各社から小型電子キーボードが商品として出てきたわけです。発想としてはウチが早いんですよね。
時計も同じことです。我が社がデジタル時計に参入した昭和49年当時、時計といえばアナログだったんです。ウチがやって初めてデジタルの良さが分かり、ヨソの会社でもやるようになって競合しはじめた。アナログの時計をウチがやったんなら、先輩各社の地場を荒すといわれても仕方ないですけど、そうじゃないわけです。
麓 先日発表されたポケット・テレビ、これも競合するでしょう、どこかと。
樫尾 テレビというより、身につける情報機器として利用されると思うんです。これはワイシャツの胸ポケットに入る大きさですから、時々刻々の株価を知りたい人が持ち歩くとか、OA機器の端末として使うとか、いわゆる娯楽番組を楽しむテレビとは異る使われ方をするとみているんですよ。だから、これが多くの人の手にわたれば、番組の傾向も変わってくるかもしれない。
麓 受信料はどうなるんですかね。
樫尾 そうなんですよ、ポケット・テレビの記者発表の席でもそれを訊かれましてね、困りました(笑)。
いつまでもベスト商品と思うな
麓 いま出てきた商品はみな、碁や剣道でいう「先の先」をとって生まれたものですね。しかし中には「後の先」で、立ち遅れを克服して成功した商品もあるようですが、こういう頑張りの精神みたいなものが社風にあるんですか。
樫尾 会社として存続してゆくためには、まず消費者に喜ばれるものを作らなきゃいけない。これが会社の存在価値ですね。それと、ヨソの会社でいい商品が出来ると、ウチが同じものを作っても意味がない。つまりその場合は、ウチには存在価値がないわけですね。そうすると、常に先行することが必要になってくる。先行するためには、基礎研究とか市場調査も必要ですけど、一番必要なのは経営者としての責任感なんです。ウチにはこれだけの従業員がいる、取引先がある、ヨソに遅れをとったら企業としての破滅につながる、そうなってはいかん――こういう意志の強さがあれば、常に先頭を切れるものなんです。もちろん、時には追い越されることもありますけど、そこでへたばってしまわないのも、やっぱり責任感だと思いますね。
よくウチのことをこういわれるんですよ。「あんまり全力疾走ばかりしないで、じっくりやってみてはどうか。ある商品がヒットしたら、それがまだ売れてるのに、次の商品を、これでもかこれでもかと打ってゆく。もったいないじゃないですか」と。しかしウチは社員の54パーセントが技術屋なものですから、次々と消費者に喜ばれるものを出してゆくエンジニア魂みたいなものがあるんです。
それともう一つ、ウチではあらゆるものについて、2、3カ月も同じだとおかしいと思えといってある。たとえば、自分たちが精魂こめて開発したベストの商品でも、1カ月たち2カ月たつとベストでなくなることもあり得るわけです。商売の上からは、まだ売れるとわかっていても、すでによりよい商品が出来上がっているんだから早く消費者に使ってもらいたい、そういう気持ですね。