皇位継承者である貴人と、光り輝くように美しい姫君の禁断の恋。それも、同母兄妹が愛し合ってしまった。その先に未来はなく、二人は大和の国の果ての果てまで逃れていっても、罪びとである運命から逃れられない。
これは、神話や伝説の伝承者たちが、力を入れて語り継ごうとした物語に違いありません。
兄・木梨軽皇子の心境は…?
木梨軽皇子は皇太子であり、何ごともなければ父の跡を継いで即位することが決まっていたのですが、その前に軽大娘と情を交わしてしまうのでした。
純愛か、玉座か。
軽大娘はともかく、木梨軽皇子にとっては、その選択を迫られたようなものでしょう。結果として木梨軽皇子は愛を取るわけですが、その時の心境やいかに。
「駄目だ、駄目だよ。私たちは兄と妹なんだから。でも、ああ……」
と葛藤しつつも、情熱に流されてしまう意志薄弱タイプか。それとも、
「俺はこの国の王になる男だ。許されないことなどあるものか」
と、「朕(ちん)は国家なり」を地でいく自信過剰派か。あるいは、
「二人の仲は誰にも知られてはならぬ」
と、どんな時でも冷静さを失わない、絶対秘密主義の慎重派か。
──などとあれこれ書きましたが、実のところ、木梨軽皇子の場合はそのどれでもなかったようです。『古事記』によれば、彼が軽大娘との恋に踏み切る時に詠んだ歌は次のようなものでした。
笹葉(ささば)に 打つや霰(あられ)の たしだしに 率寝(ゐね)てむ後(のち)は 人は離(か)ゆとも
(意訳)笹の葉に 霰降る音 二人聞く 夜さえあれば 何も要らない
愛(うるは)しと さ寝しさ寝てば 刈薦(かりこも)の 乱れば乱れ さ寝しさ寝てば
(意訳)かまわない 愛さえあれば 乱れ散る 木の葉のごとく 人が去るとも
この歌の主張は「彼女に逢いたい」という想いと、そのために「人が離れていってもかまわない」という宣言に凝縮されます。