1ページ目から読む
3/4ページ目

 御(ぎょ)しきれないほどの熱い想いを抱きながら、この禁断の恋によって臣下たちが離れていってもかまわない──そういう計算もしている。

 この恋は人に知られれば、終わりです。二人はすべてを失い、未来もない。

 しかし、この歌からは、今さえよければいいという刹那的、自暴自棄的な印象は受けません。禁断の恋と巨大な権力と、それを秤にかけた上で、それでも自分は妹を取る──そんな潔さや雄々(おお)しささえ感じられはしないでしょうか。

ADVERTISEMENT

 こんな歌を詠まれれば──それも、自分の慕うお兄さまから贈られれば、妹の軽大娘がよろめいてしまうのも仕方がないのでは……? 

「ああ、お兄さま。どうしてあなたはお兄さまなの?」

 なんてセリフも、窓辺で口にしたかもしれません。

兄妹の恋は世間に知られてしまい…

 さて、木梨軽皇子が覚悟していたように、この恋は世間に知られてしまい、臣下たちの心は皇太子の彼から離れていってしまいました。彼らは木梨軽皇子の弟である穴穂皇子(あなほのみこ)を支持するようになります。

 この後、『古事記』と『日本書紀』では話が少し違うのですが、『古事記』では木梨軽皇子は皇太子を廃され、伊予国(いよのくに)へ流されてしまいます。この時、別離を嘆く軽大娘に宛てて、歌を詠みました。

伊予国は現在の愛媛県。四国中央市には木梨軽皇子の墓と言われる東宮古墳がある。©iStock.com

 天(あま)飛ぶ 鳥も使(つかひ)ぞ 鶴(たづ)が音(ね)の 聞(きこ)えむ時は 我(わ)が名問はさね

 

(意訳)飛ぶ鳥は 二人をつなぐ 使者だから 鶴に安否を 尋ねておくれ

 軽大娘も返しの歌を詠みます。

 夏草の あひねの浜の かき貝(かひ)に 足踏ますな 明(あか)して通れ

 

(意訳)逢って寝る 逢い寝の浜は 朝を待ち 通ってください 貝踏まぬよう

 ここに出てくる「あひね」とは伊予国の地名でしょうか。遠くで暮らす兄が浜辺の貝を踏んで怪我をしないようにと、その身を案じる歌となっています。

 しかし、木梨軽皇子の帰京はなかなか許されません。

 君が往(ゆ)き 日(け)長(なが)くなりぬ やまたづの 迎へを行かむ 待つには待たじ

 

(意訳)お兄さま 逢えずに長く なりました もう待てません 逢いに行きます

 この歌は祖母の磐之媛が詠んだ歌と似通っていますが、こう言って、軽大娘は伊予国へ兄を追っていくのでした。しかし、都を離れたからといって、二人の恋が許されるわけではありません。愛しい相手との再会を果たした二人は、そこで共に死ぬ道を選ぶのです。