大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の新垣結衣を見ていて印象に残るのは、八重が物語から姿を消すことになる第21話の発声の演技だ。小池栄子演じる北条政子、大泉洋演じる源頼朝、そして小栗旬演じる夫の北条義時の前で会話を交わす八重役の新垣結衣の声は、目を閉じて聞くといつもの新垣結衣と分からないほど深く、落ち着いた発声をしている。
同じ21話の中でも、二人きりで義時と話す八重はどちらかと言えばいつもの発声、新垣結衣らしい声で話しているので、頼朝や政子と話す場面は「目上の相手と話す時の時代劇所作」としての発声でああした声で演技していたのだろう。
新垣結衣の声の特徴とは
あくまで場面に応じた演技の一つではあるのだろうが、今まであまり見せる場面の少なかった新垣結衣の深く太い声は、変化の時期にある国民的ヒロインを象徴する演技に思えた。
もともと、新垣結衣の声には特徴がある。若手アイドル女優としてブレイクした映画『恋空』の頃から、どちらかといえばか細い、弱々しい声が彼女の特徴だった。基本的にその声質は今も変わっていない。
最新映画『ゴーストブック おばけずかん』で彼女は、4人組の少年少女の冒険に付き添う臨時担任教師を演じるのだが、妖怪に驚き悲鳴を上げるシーンでは一瞬だが声が途中で詰まるような瞬間もあった。体質的に声帯があまり強くなく、パワーで押すような発声が苦手なのだろう。
日本映画の予告編に多用される「絶叫・怒号」系の熱演ができない、声の細い女優は、役者として軽く見られがちだ。だが一方で、その細い声は、役者として新垣結衣の演技に特徴的なキャラクターを与えてきた。
『逃げ恥』の森山みくり。『掟上今日子の備忘録』で演じた、1日ごとに記憶を失うヒロイン掟上今日子。彼女たちはいずれも激情で物語を動かすキャラクターではなく、どこか理屈っぽく、理知的に動くヒロイン像だった。新垣結衣が体質的に持つ声の硬さ、どこか不器用な生真面目さを感じる発声は、そうした浮世離れして理屈っぽいヒロインにとてもよく似合ったのだ。