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魚を触るのもちょっとイヤだったけど…

――寿司職人になることを決意したchikaさんは、本業のお仕事を続けながら専門学校に入学したんですよね。そこでは実際にどういったことを学んだのでしょうか。

chika 私が入ったコースは、毎週日曜日のレッスンを1年間続けるという内容でした。基本的な包丁の使い方に始まり、シャリの炊き方、寿司の握り方などを学んで、小さなアジから大きなサーモンまで20種類以上の魚を実践でさばいたり、魚の市場を見学したりもしました。

chika  実は入ったばかりの頃は魚を触るのもちょっとイヤで、臭いやヌメヌメが気になっていたんですけど、卒業する頃には基本的にどんな魚も自分でおろしてお寿司にできるようになりましたね。

chikaさん作 『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

――すごい。一番大変だったことはなんですか。

chika 一番苦戦したのは大根のかつらむきのテストです。むいた大根の重さをグラム単位で測ったり、長さを定規で測ったりするんですけど、私はクラスで一番成績が悪くて。

 それまで魚を扱うのが比較的うまくできていたので、初めてできないものが見つかって、もっと練習しなきゃと思うきっかけになりました。仕事帰りにスーパーで大根買ってきて毎日練習したりしましたね。

お寿司には欠かせない大根。うまくできない人のために、こんな機械も 『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

――chikaさんは32歳から寿司職人の勉強を始めたとのことでしたが、同じ学校に通っていた人たちの年齢層はどのくらいだったのでしょうか。

chika 平均年齢はだいたい40歳くらいで、私が最年少でした。男女比率は男性8割女性2割ぐらい。営業やシステムエンジニア、建築系、人材系など、寿司に関係ない職種の人がほとんどでしたね。

 動機は様々で、退職後のセカンドキャリアとしてお店をやってみたいと考えている人や、私と同じように海外に興味がある人、釣りが趣味で魚をさばいて皆を喜ばせたいという人もいました。

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

 入学金が100万円くらいかかるんですが、働きながら自分でお金を出して集まった者同士で根底に通じるものがあるのか、みんな最後はすごく仲良くなりましたね。

 午前中の授業で作ったお寿司をランチの時間に食べながら話したり、卒業後も一緒にお祝いしたりしました。今でもたまにウェブで通話したり、進路をチャットで報告したり、一生続く仲間ができた気がしています。

「もう来年にはフィンランドに行く」って決めていた

――chikaさんは学校に通いながら、同時並行でお寿司屋さんでの修行も始めていますよね。本業の仕事と学校と修行、すべてをこなすのは大変だったんじゃないでしょうか。当時はどんなスケジュールで行動されていましたか。