28歳ハイスぺ女子? それとも六角精児似? 麻布競馬場の正体は…
Twitterへ彗星のように現れた匿名小説家、麻布競馬場(アザケイ)に裏切られた。インタビュー取材帰りのエレベーターで、取材チームの我々はどうにか膝から崩折れずに立っているので精一杯だった。
編集者は「あれはきっと相当なモテ男ですよ」とうめくように絞り出した。カメラマンは「あんなツルツルした男子が出てくるとは」と苦笑した。ライター(筆者)は「思ってたのと違いすぎて消化できない」と胃を押さえた。
140字のツイートを連投し、ツリー形式にした一人語りのTwitter小説。散りばめられた地名や大学、企業やファッションブランドの固有名詞が織りなす抒情的な東京物語に、読者は自分を投影し、知っている誰かを投影し、こうあって欲しい「麻布競馬場と名乗る作家像」を投影する。だが、彼のツイートや小説から手がかりをかき集め予測した人物像は、何一つ正解しなかった。
筆者はアザケイを「広告代理店のクリエイティブ職で、人生とリモートワークに退屈しきった根暗なアラフォー男だろう」と踏んでいた。編集者は六角精児のようなグルメで小太りの中年眼鏡を想像していた。
他社の編集者には、アザケイを「世間を小馬鹿にしながらTinderで人間観察する、リクルート勤務のハイスペ28歳女子」と妄想し、ほのかに恋心を抱く者までいた。
なぜ麻布競馬場はツイッター民をこれほど刺激するのか
読む者の記憶や感情をザラリと撫で上げる細目の紙やすりのようなリアリティと、サディスティックなほど鋭い人間観察が生み出す疼痛に、ネット上でファンも生まれればアンチも湧く。
「本が出ます」。アザケイの満を持したツイートに、世間は沸くよりむしろ一旦、凍った。これまでアザケイがTwitterやnoteで発表してきた小説のうち厳選19本を加筆修正、自らの正体をうっすら明かすかのような書き下ろし1本を加えた20本がまとめられたという。
『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』と絶望的に題された麻布競馬場のデビュー作。発売前にして既に増刷。版元である集英社の会議室、本物のアザケイに会えると聞いてはやる鼓動を抑えきれず中を覗き込んだら、今どきの「なんなら普通にイケメン」がこっちを向いてニコニコしていた。「陰キャじゃなかった……」。顔出しはしない方針とのことだが、顔を出してもそれはそれで大人気だろう。