「気づきました? 僕、すごく……」
麻布競馬場という筆名は、猛烈に暗い色気を帯びている。アザという音を含みながら艶やかな高級感を纏った「麻布」と、そこからはまさか最も連想し得ない大衆の賭博「競馬場」。
だが本人は、そのどちらのイメージにも属さないシンプルでクリーンなユニクロの白Tシャツにネイビーのセットアップで擬態し、ごく真っ当なビジネスパーソンみたいに如才なくあっけらかんとした声で「もともとのアカウント名は麻布警察署だったんです」と言う。
「僕、都バスがすごく好きで。最近引っ越したんですが、以前麻布十番に住んでいた時は都バスによく乗ってて。『麻布警察署からのお願いです』っていうかわいいアナウンスが、毎回流れるんですよ。ひったくりに気をつけましょうとか、戸締まりしましょうとか。それで麻布警察署にしようと思ってTwitterを始めて。そうしたらインターネットでアザケイって呼ばれ始めたんですよ。なんですけど、PR案件とかの仕事がポツポツくるようになって、警察署じゃよくないなと思って。それで競馬場に変えたんです。アザケイって響きがいいし(笑)」
「ゴリゴリ働いている一般人です。今年で31になりました」
「今回、小説すばるで佐川恭一さんが書評書いてくれて。『私たちは出口のないレースコースに放り込まれる』って、僕の競馬場という筆名の意味を言い当ててくれたんです。みんな、自由に東京を駆けていると思ってるけれど、結局決められたコースを競わされて消耗しているだけ。それを僕は特等席から見てキャッキャ笑ってる。興行主の立場になることで、自分だけ輪っかの外に抜けることができるんですよね」
91年生まれだ。大学はどこか、本業は何をしているのかと聞くと、ツルツルと答えてくれた最後に「ゴリゴリ働いている一般人です。今年で31になりました」と苦笑した。東京で十分に戦える優秀な経歴、前途洋々。すごく普通でまともな好青年じゃないですか……と顔面蒼白で言ったら「気づきました? そうなんですよ」と、またもやあっけらかんと肯定する。