『オリーブの実るころ』(中島京子 著)講談社

 思い詰めて重婚をしてしまった男性の昔語り、人間と動物のあいだに生じた擬似結婚関係、夫となる人の一風変わった両親への挨拶行脚……。中島京子さんの短編集『オリーブの実るころ』に収録された6つの作品からは、「結婚と家族」という共通項が浮かび上がってくる。

 この作品集を編むきっかけは、「小説現代」の結婚小説特集(のちにアンソロジー『黒い結婚 白い結婚』として刊行)のために、短編「家猫」を書いたことだったと中島さんは語る。

「続けて書いて一冊作りませんか、というお話をいただいたときに考えたのが、結婚って、普遍的だけどすごく不思議な営みだなということ。いかようにでも話が思いつくので、これを大きな括りにして作品を書いていくことにしました」

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「家猫」では、失敗に終わった結婚が3人の人物の視点から語られる。元夫、元妻、そして元夫の母親。3人が見ているものはあまりに異なっていた。さらに最後に登場する4人目の語り手とは――。

「今はよくモラハラ、という言葉が使われますけど、そういうのって昔から日常的にありましたよね。配偶者を精神的に追い詰めてしまう人というのは、たぶんすごく無自覚なんです。さらにその無自覚な人を育てた母親は一体どういう人なんだろう、と考えて、そんな状況を書こうかなって。私があんまり書かないタイプの話です。普段ほのぼのとした作品を書いてしまいがちなんですけど、こういうのもたまには、ね」

 一見、異国の話かとも思えるタイトルの「ローゼンブルクで恋をして」では、74歳の男性が「終活というものをしてみたいんだよ」という言葉を残して姿を消す。どこにいるんだと心配する息子夫婦に届いたメールには「ヒューゲルベルクとブライテンインゼルの間あたり」。息子夫婦に謎かけをするおじいさんの姿はとてもチャーミングだ。

「デビュー作のころから、作品のなかにお年寄りを出すのが好きなんです。楽しいし、筆が進む。生きている年月が長いので、その人のなかにすごく歴史が刻まれているじゃないですか。だからお年寄りの話を聞くのも好きですね。今はどっちかっていうと、自分が年寄りの部類に入ってきたんですけど(笑)」

中島京子さん 写真/嶋田礼奈

 収録作のなかで最も奇抜な設定なのが「ガリップ」だ。会社の後輩と付き合いはじめた「わたし」が、田んぼに囲まれた彼の家に行くと、そこにいたのは雌のコハクチョウ、ガリップだった。怪我していたところを助けられて以来、仲間と一緒に北へ渡らず、ずっと彼の家に棲み着いているのだ。嫉妬の炎を燃やしているかのように見えるガリップに「わたし」は困惑する。

「トルコで実際にあった話をもとにしています。その記事をみたとき、『うわー、この白鳥、ぜったい自分のことを奥さんだと思ってるよ』って。その人に人間の妻がいたら、どういう三角関係ができるんだろう、と想像が膨らんでいきました」

 どの作品も、ラストがとても印象的だ。一作一作、深い余韻を残して作品世界が閉じていく。

「短編でも長編でも、ラストを決めずに書き進めていくんですけど、8割9割書くと、この小説はこう終わりたがっている、みたいなことが見えてくるんです。こういう独立した短編集は、一編ごとに世界を作り上げることになる。それを全体のバランスや、ちょっと驚きも入れて、というように考えてアソートボックスのように詰め合わせていく。短編集を編むのは、私にとってすごく楽しいです」

なかじまきょうこ/1964年、東京都生まれ。2003年『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞を受賞。2022年『ムーンライト・イン』、『やさしい猫』で芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を、同年『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞。

オリーブの実るころ

中島 京子

講談社

2022年6月22日 発売