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なぜ突然歌いだすのか? ブロードウェイから2.5次元まで…専門家が解説する“ミュージカルの味わい方”

著者は語る 『ミュージカルの歴史』(宮本直美 著)

『ミュージカルの歴史 なぜ突然歌いだすのか』(宮本直美 著)中公新書

 なぜミュージカルは突然歌いだすのか。だから苦手だと思っている人も少なくないだろう。

「よく挙げられる疑問ですが、考えてみると不思議です。オペラや能など、歌と台詞が入り混じる演劇や舞台はほかにもたくさんあります。どうしてミュージカルにだけ、この問いが発せられるのでしょうか」

 この最大の謎に迫ったのが、立命館大学教授の宮本直美さんの『ミュージカルの歴史』だ。古代ギリシャ悲劇を復興させようと17世紀のフィレンツェで誕生したオペラや、ヴェネツィアの劇場で始まった商業オペラにまで遡った。

「そのルーツからいって、ミュージカルは演劇でもあり、音楽の舞台でもあります。もちろん商業的な成功が欠かせません。しかし、近年盛んな研究のほとんどが、演劇学または文学的な視座によるものや、アメリカ地域研究としてのものがメインです。それに対して、私は自分の専門分野から、ミュージカルの大切な要素である音楽と商業性にフォーカスして論じてみようと思ったのです」

 19世紀にアメリカで成立したミュージカル。『マイ・フェア・レディ』や『ウェスト・サイド・ストーリー』が1950年代に上演され、ニューヨークのブロードウェイは全盛期を迎える。そして80年代以降、『レ・ミゼラブル』などテーマが普遍的で、音楽が壮大で存在感があるゆえに言語の障壁が低い「メガ・ミュージカル」が世界中で大成功。近年では『テニスの王子様』をはじめ、漫画やアニメの二次元的世界を生身の人間が演じる日本発の「2・5次元ミュージカル」が盛り上がっている。

 なかでも宮本さんが力を入れたのは、60年代のロック音楽との衝撃的な出会いについて。

「ロックコンサートに由来する技術がもたらした劇場内の音響革命は、ミュージカル史において無視できない大きなトピックです。例えば、もしワイヤレスマイクがなければ、あの名作『キャッツ』は生まれなかった。演者の歌声・発声も相当影響を受けたでしょう」

 宮本さんは、音楽学をベースにした音楽社会学・文化社会学が専門だ。いわゆる「クラシック音楽」は高尚な芸術と称され、一方で「ポピュラー音楽」は商業主義的とみられることが多い。この2つのジャンルの違いを研究した結果、その断絶が起こってきたのは、19世紀頃。そこには人の声で音楽を奏でる「声楽」と、楽器演奏による「器楽」の美学的な対立などが潜んでいることがわかった。さらに、歌詞や台詞という「言葉」と「音楽」の対立軸も浮かび上がってきた。

 これをふまえ、本書では「ミュージカルはポピュラー音楽文化である」との論を展開。宮本さんは、テレビなどの登場でステージから切り離されたポピュラー音楽を再び舞台に結びつけた結果、突然歌いだすことになったのでは、と指摘する。

「ミュージカルには、〈台詞の世界〉と〈歌の世界〉が複層的に存在しています。この2つの世界の段差、言いかえれば、劇中で突然歌い出したときの違和感をなくそう、あるいはなるべく自然なものにしようというのが、最近のミュージカルに顕著な傾向です」

 その際、大きな役割を果たすのが、劇中に流れる歌詞のない音楽だ。映画音楽の世界では「アンダースコア(台詞を邪魔しないように映像を強調・補足する主にインストゥルメンタルの楽曲)」と呼ばれている。

「これに注目して鑑賞してみると、きっとこれまでとは違う味わい方ができると思いますよ」

みやもとなおみ/1969年、東京都生まれ。東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院音楽研究科修士課程修了、東京大学人文社会系研究科社会学修士課程・同博士課程修了。博士(社会学)。立命館大学文学部教授。著書に、『宝塚ファンの社会学』『コンサートという文化装置』など。

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