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この間まで敵だったアメリカ兵の相手をする心理とは…占領下の日本を生き抜いた「夜の女たち」をミュージカルで描く

長塚圭史(劇作家・演出家・俳優)――クローズアップ

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「この作品をミュージカルでやってみたいと半ば直感的に思ったんです。僕にとって初のオリジナルミュージカルですし、生半可な大変さじゃないことはわかっていましたが」

 劇作家で演出家の長塚圭史さんが上演台本と演出を手掛ける、ミュージカル『夜の女たち』。戦後すぐの大阪・釜ヶ崎を舞台に、女性たちが必死に生き抜く姿を描く。主人公の房子役を江口のりこ、その妹役を前田敦子、義妹を伊原六花が演じる。男性キャストには、大東駿介、前田旺志郎、北村有起哉が名を連ねる。

長塚圭史さん

 もとになっているのは、溝口健二監督による1948年公開の同名映画だ。実際に戦争で荒廃した大阪の街で撮影された生々しい映像を見て、長塚さんは衝撃を受けた。

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「第二次世界大戦後、日本がアメリカの占領下におかれた時代が確かにあったことは、もちろん知識として知ってはいました。ただ、今の僕らが生きる社会に続くものとしての実感はあまりなかったんです。現在は過去から脈々とつながっているはずなのに」

 だからこそ、「忘れ去られている過去を知ることで現在を見つめ直したい」、それが長塚さんの思いだった。

「敗戦で価値観を根底からひっくり返された当時の人たちが世の中をどう感じ、何を思っていたのか。特に、ついこの間まで敵だったアメリカ兵の相手をすることで生きていこうとした女性たちの心理はどのようなものだったのか。こういったことを真剣に、しかし堅苦しくなく、実感を伴う形で届けたい。敗戦直後の占領下という特殊な状況のなかで生きてきた人たちが放つ“生きるエネルギー”を感じてもらいたい――。そう考えたとき、ミュージカルなら、言葉にならない心のうちを歌い上げることもできるし、その時代の空気そのものを歌にすることもできる。力強く生きた庶民の姿を鮮やかに描き出せるし、幅広い層の方々に楽しみながら観ていただけるのではないかと思いました」

 音楽を担当する荻野清子さんは、日本のミュージカル界を牽引する作曲家の一人。彼女が作り出す音楽に、長塚さんは絶大な信頼を置く。

「荻野さんの音楽が、すごくいいんです! あの時代の独特の空気感を、的確に再現してくれています。そこに、うまくセリフや歌がのっていけば、きっといい舞台になる。そう確信しています」

 初めてのオリジナルミュージカルゆえの苦労もある。

「歌詞はすべて僕が書き、それを曲にしていただくのですが、ときどきは、曲に合わせて詞を書くことも。これが意外と難しくて苦戦しています」

 また、今回、あえて主にストレートプレイを中心に活動する俳優たちをキャスティングした。その狙いは――。

「彼らは今、必死で、いわば命懸けで自分たちの新しい武器たる“歌”という表現と格闘してくれています。そこに生まれるものこそ、僕が本作に欲しているエネルギーなのかもしれません」

ながつかけいし/1975年生まれ。96年に演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ。以来、俳優としても活動しつつ、多くの舞台の作・演出を手掛ける。2005年に第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞、07年に第14回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。21年4月よりKAAT神奈川芸術劇場芸術監督。

INFORMATION

ミュージカル『夜の女たち』
横浜・KAAT神奈川芸術劇場での公演は9月9日~19日。その後、福岡、愛知、山口、長野、兵庫で公演予定
https://www.kaat.jp/d/yoruno_onnatachi?_fsi=DvKpXZhu

この間まで敵だったアメリカ兵の相手をする心理とは…占領下の日本を生き抜いた「夜の女たち」をミュージカルで描く

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