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「見てるぞ」という防犯ポスターは“ディストピアの芽”? 相互監視の怖さを投げかけるバイオレンス映画

高橋ヨシキ(映画監督)――クローズアップ

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 たとえば『スター・ウォーズ』の銀河帝国の皇帝は、巨大な力で白い兵士ストームトルーパーを支配している。ジョージ・オーウェルの『1984』ではビッグ・ブラザーと呼ばれる独裁者の存在が人々を監視し、社会を形成している――。

 それらとは異なる、連帯という、均(なら)された威が生み出す人間の怖さを我々に見せるのが、8月26日より全国で順次公開される映画『激怒 RAGEAHOLIC』だ。

 本作は中年刑事・深間の闘いを描くバイオレンス映画。深間の前に立ちはだかるものを、高橋ヨシキ監督はこうイメージした。

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「ある政党やコンピュータが人間を支配する世界は過去にも描かれてきました。でも巨大な力やシステムはなくても世界がディストピアになる芽は、実は僕たちのまわりにたくさんある。街に貼られた『見てるぞ』という防犯ポスターもそうです。相互監視が地域を良くする、本来の意図はそうだったかもしれない。でもそれが変質したとき何が起きるのか。僕たちの生活のなかでも揃いのジャンパーやベストを身に着け巡回する自警団の姿を目にすることがありますよね。人間は力で支配されなくても、同じものをまとうだけでたちまち自律的に他者を断罪する装置に変貌する」

高橋ヨシキさん ©映画『激怒』製作委員会

 物語の舞台は架空の町、富士見町。“地域の皆さん”による組織が常に巡回し、彼らの働きで犯罪ゼロとなった“安心・安全”な町だ。

「みんなのため――それは考えてみると非常に曖昧で、卑怯で怖い。人は置かれた環境に馴らされていきます。歩行者信号は車から人を守るための装置です。ところが、仮に車がまったく通らない道でも青になるまで立ち止まる光景があるとすれば、それは信号が本来の目的を超えた、人を管理する装置になっていることになる。そういう疑問を、社会的に異を唱えるのではなく、エンタメとして投げかけてみようと思ったんです」

 主人公の深間を演じるのは近年、様々な作品で存在感を発揮する川瀬陽太。本作のプロデューサーも務めている。深間はひとたび怒りだすと見境なく暴れてしまう男で、かつては街から暴力団を一掃した武勇伝の持ち主でもある。だがその行き過ぎた暴力が問題となり、矯正施設に送られてしまう。暴力がなくなった町は大きく生まれ変わる。その町に再び戻った深間は、安心・安全の町で一体何に激怒するのか――。

「5年前、親交のあった川瀬さんに“こういう映画を作りたい”と話をしたことからこの作品は動き出しました。深間は、良いことをしたいと思いながら生き方が追い付かない時代錯誤な人間で、いつもやり方を間違えてしまう。彼には武器も、高い身体能力もありません。流麗なアクションではない、70年代作品が見せた、暴力と泥臭さで向かっていくんです」

 高橋監督が当初イメージしたタイトルは「怒りの○○」。だが川瀬は演じながら「『激怒』がいい」と感じたという。

 その意味は深間の闘いを見届けたとき腑に落ちるだろう。

たかはしよしき/1969年東京都出身。映画ライター、アート・ディレクター。各メディアでの映画評論活動、書籍の装丁、CD・DVDのパッケージデザイン、『ヤッターマン』(2009)、『電人ザボーガー』(11)といった映画ポスターのデザインなど、幅広いジャンルで活躍している。劇場用長編映画は今作が初監督となる。

INFORMATION

映画『激怒 RAGEAHOLIC』
https://gekido-rageaholic.com/

「見てるぞ」という防犯ポスターは“ディストピアの芽”? 相互監視の怖さを投げかけるバイオレンス映画

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