ある夜、ローマの高級住宅街のアパート前で起きた交通事故。それは、ここに住む三家族それぞれに衝撃を与えその運命を大きく変えていく。

 監督は『息子の部屋』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞したナンニ・モレッティ。俳優としても活躍し、『3つの鍵』では堅物の裁判官の役で出演している。ただし独特のユーモアや皮肉を織り交ぜた作風からは一転。隣人への疑念。家族への憎しみ。癒しようのない孤独。心に潜んでいた感情が噴出し、日常が不穏な影に覆われていく様がスリリングに描かれる。

「今までと全く違う作風だと言われるのはむしろラッキーなこと。やっとナンニ・モレッティ風ではない映画を作れたと喜びすら感じていますよ」

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ナンニ・モレッティ © 2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 常にオリジナル脚本を手がけてきた監督にとって初めての小説原作の映画化でもある。前作『母よ、』を始めこれまではどこかに必ず自伝的要素を感じられたように思うが、本作ではどうだったのか。

「いわゆる『映画作家』と呼ばれる監督の映画には常に自伝的要素があるはず。その時々の自分の感情や世界に対する見方を切り取り作品に込めるのが作家の仕事ですから。

 今回は原作小説を読み、私自身と関わりの深い物事が語られているなと感じました。罪の意識や親であることの難しさ。モラルを追求するあまり非人間的になってしまうのはなぜなのかという問いかけ。それらはとても身近で個人的なテーマでもありました。たとえ家庭内での些細な出来事に思えても、今の自分がすることは必ず将来の世代に影響を与えるのだ、という厳然たる事実についても同じです。地球環境の問題を含め、子供たちの未来に何を残せるかをよく話しますが、結局のところ後世に遺産として残せるのは行動だけ。実は多くのイタリア人は非常に個人主義的ですが、私たちは未来を見据え、自分の行動に対する責任をもう一度意識すべきなんです」

 男性と女性の登場人物とでその性質や選択する未来が異なって見えるのも興味深い。

「おっしゃる通り、女性の登場人物はみな、困難や諍いがあるとなんとかそれを繕おうとする。一方で男性たちは、自分が正しいと信じて疑わず今ある場所から一歩も動けずにいる。当初からそういう男女の違いを描きたいと考えていました」

 個々の居場所に閉じこもっていた人々がやがて外の世界へ心を開いていく様は、コロナ禍の今見るとより感動的だ。

「ここで描かれているのはまさに現代の社会傾向そのものです。私たちはみな孤立し、共同体というあり方はもはや幻想に過ぎない、必要がないと考えて現代を生きてきました。ところがコロナの感染拡大を機に、再び社会での共同体のあり方に光があたり始めましたよね。みんなで手をとりあい一丸となってこの状況から抜け出さなければいけないのだと思い出させてくれた。映画自体はコロナ禍以前に撮られたものですが、パンデミックを体験したことで、この映画を見る価値がまた一つ付加されたように思います」

Nanni Moretti/1953年、イタリア生まれ。監督・俳優として活躍し『親愛なる日記』(93)でカンヌ国際映画祭監督賞、『息子の部屋』(01)で同パルム・ドールを受賞する。本作の原作はイスラエルの作家エシュコル・ネヴォによる小説。

INFORMATION

映画『3つの鍵』
9月16日公開
https://child-film.com/3keys/#modal