肺がんでも、食道がんの項で紹介した「胸腔鏡下手術(VATS)」が普及している。胸に開けた4、5カ所の小さな穴から、細長いカメラや専用の器具を挿入し、モニターに映った体内の画像を見ながら手術する方法だ。脇の下あたりの胸を大きく開く従来の開胸手術に比べて痛みが少なく、回復も早いとされている。しかし、鈴木医師は胸腔鏡だけの手術(完全鏡視下手術)は受けないと言う。
「大切なことはキズの大きさより、がんをしっかり取り切ることです。すりガラス状結節は、肺の一部を切り取る『縮小手術』を実施することが多いのですが、胸腔鏡だけの手術だと肺の表面しか見えないので位置がずれることがあり、腫瘍をギリギリで取ったり、取り残したりするケースが実際に起こり得ます。その点、胸腔鏡で補助する小開胸の手術は必ず触診して位置を確かめるので、そのようなことはまず起こりません」
むかしは、肋骨を切ったために、痛みが取れない人も少なくなかった。しかし今は、開胸手術といっても胸腔鏡(カメラ)を補助的に使うことで、肋骨を切らずに10センチ前後の傷で手術できるようになった。その結果、術後の痛みは格段に少なくなったそうだ。
「ハイブリッドVATS」という、胸腔鏡を補助的に使う小開胸手術に取り組む広島大学病院呼吸器外科教授の岡田守人医師も、「キズの大きさにこだわるあまり、中身の手術が疎かになったとしたら本末転倒」と言い切る。
「がん手術の第一は安全に行うこと、第二はがんを取り切ること、第三は機能をできるだけ温存することです。それらができて初めて、キズが小さいほうがいいという話になるはずです」
岡田医師は肺機能を残す重要性も強調する。肺は右3つ、左2つの「肺葉」に分かれており、がんの発生した肺葉を取る「肺葉切除」が標準治療とされている。しかし、高齢者や肺気腫などの患者は肺活量がさらに低下する場合がある。そこで、がんの存在する区域(肺葉の半分以下)を切り取る「区域切除」や、がんの部分だけを切り抜く「部分切除」などの縮小手術が世界的に注目されている。
「2センチ以下の腫瘍なら、縮小手術ができる可能性が高いです。肺機能低下を防ぐだけでなく、第二、第三の肺がんが発生した場合の手術に備えて、できるだけ肺を残しておくことが重要なのです。安易な部分切除はがんに対しては不十分で、根治性の高い区域切除は繊細な手技が要求される難度の高い手術です。私ががん手術を受けるなら飛行機に乗ってでも、経験豊富で質が高い、信頼できる術者を求めるでしょう」(岡田医師)