八月も半ば近くなると、複数のテレビ局が“戦争ドラマ”を放映する。そんな風潮も近年は鳴りを潜めた気がするけど、実際のところはどうなんだろう。
NHKは今年、戦時下のレヴュー劇場にスポットを当てた『アイドル』をドラマにした。ダンスとジャズと軽演劇で絶大な人気を博したムーラン・ルージュ新宿座が舞台の、一時間超の長尺ドラマだ。
ムーランの頂点に君臨したのは、岩手から新宿に流れ着いた明日待子(あしたまつこ)だ。十五歳で上京したときは、ただの垢抜けない、スターを夢みる少女だった待子が、なぜ若者を熱狂させたか。
主演は古川琴音。劇場に長いこと居ついた老人が、まだ下積みの待子を「不細工なくせに、笑った途端に可愛くなる。ありゃ、大穴だぜ」と支配人に予言する。数えきれないスター志願者を見てきた年寄りの勘に狂いはなかった。
頑張りと笑顔だけが取り得の少女が、ワン・チャンスをものにして劇的に変貌していく姿を演じる古川の演技に鳥肌が立った。
芝居が巧いといったレベルじゃないんだ。純情と意志の勁(つよ)さを併せもつ待子の内面の変化と成長、そして揺れを、目の動きで表現してしまう。肌だけじゃない、私の脳までがザワザワして、快感と不穏に慄く。
戦時下と書いた。待子がムーランに来た昭和十一年には、中国との戦争は泥沼化していた。満州事変が始まった昭和六年から、日本はすでに戦時下だった。
戦時下では敵性音楽や映画は禁止され、娯楽は弾圧された。そんな俗説に惑わされてはいけない。米英との戦争が始まっても客はムーランに押し寄せた。
先輩の高輪芳子(愛希れいか)は踊りも歌も超一流だった。「ヨシ子姉さんと比べたら……」と弱気になる待子に、支配人の佐々木(椎名桔平)は告げる。「お前はスターでも女優でもない。アイ・ドールだ。未熟で等身大のお前たちを学生は応援してるんだ」
戦地慰問に待子は志願する。兵隊さんを励ましたい。現地の部隊長は「これでアイツらを笑って死なせてやることができます」。アタシは、みんなが笑って死ねるように背中を押してたのか。アイドルになんかなるんじゃなかった。憔悴しきった待子に、佐々木は「こんな時代だからこそ、ムーランが必要なんだ」と励ます。
庶民は被害者。その側面だけに目を向けず、戦時下でも踊りと音楽を欲した人々がいたことを描いたドラマのヒロインを演じ切ったことで、古川は若手女優のトップに躍りでた。
善悪の両面を持つムーランの支配人を演じた椎名も存在感たっぷりだ。歌と踊りの達者さを見せつけた愛希れいかと山崎育三郎も見事。最後に一言。あの由利徹もムーラン出身者です。
INFORMATION
『アイドル』
NHK 放送終了
https://www.nhk.jp/p/ts/98L13QPNKX/