駅に到着するのに「この駅周辺の地区へ行く客はこの駅で降りるな」と案内する鉄道の車内放送など、他に聞いたことがない。
とはいえ、車内放送の通り、比羅夫駅に発着するバス路線はないし、タクシーが常駐するような場所でもない。駅周辺には、現在は2~3世帯しか居住していないらしい。結局、「明朝に後方羊蹄(しりべし)山を目指す」という東京のハイカーたちだけが下車した。
新幹線停車駅が国際リゾート地の玄関となるか
「比羅夫で降りないように」との車内放送がご丁寧に英語でも流れることには、単に全ての放送内容を2ヵ国語にする、という形式的理由以外にも、それなりの意味がある。コロナ禍以前は、特に冬になるとニセコ地区には大勢の外国人観光客が訪れていたからだ。
ニセコで乗ったタクシーの運転手は、「特にオーストラリア人と中国人が多い印象がある。億単位の高級コンドミニアムなども彼らによく売れる。その影響で、地元住民向けの賃貸マンションまで値段が高くなっている」と話してくれた。ニセコの街の中に建ち並ぶ別荘の広告看板は、どれも日本語より英語の方が文字が大きい。
こうした国際リゾート地・ニセコの玄関駅として想定されているのが、札幌へ延伸する北海道新幹線の倶知安駅だ。
すでに昨年秋から、長らく使用されてきた駅舎隣接の在来線ホームの使用を中止して既存の線路や跨線橋などを撤去。“山線”のディーゼルカーは駅舎から離れた仮設ホームに発着し、新幹線停車駅となるべく駅全体の工事が進められている。
駅の端っこに追いやられたような小さな仮設ホームに降り立つと、“山線”の存廃が議論されている中で、倶知安駅だけが明るい未来にウキウキしているような、そんな印象を受ける。
なにしろ、倶知安町は新幹線駅の周辺整備のため、現在の倶知安駅や在来線の早期撤去、つまり廃線時期の繰上げまで要望している。地元から「早く廃止してくれ」とまで言われる鉄道路線は、世界的に見ても珍しい。