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“引退が似合わない男”ファイターズ・杉谷拳士をずっと見られて僕らは幸せだった

文春野球コラム 日本シリーズ2022

note

 紺田も味わい深い。紺田は他に苗字を連呼するやつもあった。「コン」「タ」、音が面白いのだ。

 ♪石川~、石川~、センスのカタマリ石川慎吾 いい足いい守備いい打撃 石川石川ごじゅうまる(「石丸電気」CMソング)

 ダイナマイト慎吾は石丸電気だった。この歌、北海道の読者はわからないかな。

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 ♪たくましい奴が来た 希望の星だ 喜びの扉開け 鵜久森淳志(ラジオ体操の歌)

 鵜久森は本当に「たくましい奴が来た」なぁと思ったものだ。カッコよかったなぁ。

 ※もっと知りたい方は、せひ「せとくん」の作品を集めたkama_ouenka.bot(@kama_ouenkabot)参照のこと。本稿はこのアカウントの投稿をもとに記憶をたどっています。

 このヒザの力が抜ける、のほほんとした応援歌が鎌スタのリアリティだった。「せとくん」らは小太鼓をトントン叩きながら、歌声は決して張らない。ヒロイックなフレーズも用いない。狭い球場だから選手の耳にも入ってたと思うが、打席でどんな気持ちだったんだろう。

 ♪口笛吹いて 球場行った 知らない子はもういない みんな大好き中島卓也(「みんななかよし」)

 中島卓也はこれなんだよ。細っこいんだけど頑固そうなワカゾー。みんなあっという間に好きになった。みんな大好き中島卓也。

 ♪ありったけの夢をかき集め 上だけ目指して打つのさー拳士(「ワンピース」OP曲)

 そうだった。杉谷拳士は「ワンピース」だ。わんぱくで夢いっぱいの少年みたいだったんだ。僕の第一印象を書いておくと「すんごいうるさい!」だった。バカみたいに声がデカい。こいつは面白いぞと思った。08年のドラフト6位だけど、実際のところテスト入団だ。どんなことしても目立って、自分を売って、生き残らなきゃいけない。その馬力、どん欲さが魅力だった。

五十嵐さんの言う通り、「野球の虫」だった

 10年シーズンから2軍監督が五十嵐信一さんになった。僕はお気に入りの拳士と卓のことをしょっちゅう尋ねた。どうですか、良くなってますか? まだ上は無理ですか? チャンスがあったら上げてくださいね。

 五十嵐さんに言わせると2人の良さは「野球の虫」というところだった。すごく面白い言い方をしたので記憶に残っている。「集中力がすごいですね。入り込むとやめない。野球の虫。野球バカっていうのかな、バカ野球。杉谷なんか野球が取れてバカかもしれませんけどね」。まだ経験不足で1軍の壁が突破できない頃だ。指揮官がこんな言い方をするときは目をかけられている。わくわくした。

 で、確か翌11年だったと思うけど、2人は1軍の出場機会をもらう。上がってすぐ五十嵐さんのところに聞きに行った。どうですか、良くなってますか? 「まぁ、今は歯が立たないで帰ってくるでしょうけどね。大丈夫、あいつらならそれを何度か繰り返して、いつか帰って来なくなりますよ」

 そのうち本当に帰って来なくなったのだ。まぁ、正確にはケガしたり、調整したりで帰って来ることもあったけどね。杉谷拳士はそれから14年間、思いっきりプレーした。それは読者の皆さんもご存知の通りだ。僕が驚くのはルーキーイヤーに初めて見たときから最後の公式戦になった今月2日の西武最終戦(7番セカンドでスタメン出場)まで、ずっと変わらなかったことだ。印象がテスト入団の頃と同じようにフレッシュ、同じようにひたむき。そんな選手なかなかいない。五十嵐さんの言う通り、「野球の虫」だったなぁと思う。

 杉谷拳士選手、長いようであっという間だったね。おつかれ様でした。

 拳士がずっと見られて僕ら幸せだったよ。本当にありがとう。

 さぁ、ありったけの夢をかき集めて、前進前進だよ。それが杉谷拳士だ。

 心のなかで消えることのない杉谷拳士だ。

 追記 侍ジャパン関係者にお願いがあります。是非とも西武・鈴木あずささんを11月5日、東京ドームのアナウンス室に呼んで、杉谷の打撃練習に花を添えてほしい。彼を見るために急きょ飛行機で駆けつけるファンがいます。きっと一生の思い出になると思うんです。

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