『嘘つきジェンガ』(辻村深月 著)文藝春秋

 タイトルにある「ジェンガ」とは、長方体のブロックを、積み重ねた塔から1本ずつ抜き取って上に積み上げ、塔が倒れたら負けというあのゲームのこと。カバーの装画のモチーフになっている。抜き取る時のハラハラ感、倒れるかどうかのドキドキ感をまさに体感できる物語3作を収録している。キーワードは「詐欺」。仕掛けは十分なのだ。

 冒頭の「2020年のロマンス詐欺」は、コロナ禍の日々を描いた小説として秀逸だ。「詐欺」という補助線を引いたら、こんなにもパンデミックで揺れ動いた生活ぶりが浮き彫りになるのかと驚かされた。

 主人公は2020年、大学に入るため上京した加賀耀太。しかし緊急事態宣言で入学式もなければ、授業もサークル活動もない。生活費を稼ぎたいのに、バイトも見つからない。そんな耀太が疎遠だった幼馴染の口車に乗って始めたのは、渡されたリストに片っ端からメールやメッセージを送りつけるバイトだった。しかもIT社長などを騙れという。そんなやり取りがうまくいくはずもなく、やがて成果を催促する怖い電話がかかってくる。

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 疑ってはいたものの、これはロマンス詐欺だと確定しても耀太は脅されて逃れられない。人生から転落した絶望感、あるメッセージにすがって走り出す焦燥感に、読んでいるこちらも息苦しくなる。事態は鮮やかに二転三転し、終幕に至った時の解放感といったらなかった。

 こうした展開のスピード感を支えるディテールが、さりげないのに物語の磁場をぐんぐん強くする。

 地方から出てきた普通の青年の、夢見た学生生活を送れない孤独と閉塞が、例えばイラつくツボを的確に突く親の電話や、バイトの面接官の言葉からにじみ出る。割がいいバイトを紹介する幼馴染は、こう言って耀太を励ます。「大丈夫。みんな、こっちがびっくりするくらい、自分に夢見てっから」。ここから始まるメッセージのやり取りには、外出を自粛した生活の悪しき影響が垣間見える。

 こんな描写と展開の中編があと2作あるのだ。期待が高まる中で、この作家は過たず楽しませてくれる。

 2作目「五年目の受験詐欺」は、ガラリと変わって主婦を軸にした“お受験”の世界が舞台だ。母親たちのお受験をめぐる懊悩につけ込む詐欺を描く。さらに夫婦の関係性も絡み、構成に隙はない。ハラハラポイントは主人公が抱えた秘密をどうするかだ。彼女の心の変遷に手に汗握る。

 最後の「あの人のサロン詐欺」は漫画の人気原作者を囲むオフ会を舞台に、嘘をつく側の視点とくる。その筆は、オタクを自認する作家だけに自在に弾む。一方で、自立できず親と暮らす「子ども部屋おばさん」の実態をシビアに描く。ついに嘘がばれ、破綻を迎えようとしたその時、あっと驚く結末が待っている。

 充実の作品集であった。

つじむらみづき/1980年、山梨県生まれ。2011年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞、18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。『朝が来る』『琥珀の夏』『闇祓』『レジェンドアニメ!』ほか著書多数。
 

ないとうまりこ/1959年生まれ。毎日新聞の記者として書評をはじめ様々な記事を手掛け、現在は文芸ジャーナリストとして活動。