1ページ目から読む
2/3ページ目

 会談の翌日、宮部はその内容を自らが主宰する出版社のホームページにアップし、「全国部落調査の出版妨害こそ差別であり、人権侵害であると考える」などと持論を展開。「出版妨害をするなら、なおのこと抵抗する」と宣言した。

しかし、裁判所の判断は…

 これを受け、解放同盟は2016年3月以降、同書の出版差し止めと、サイトへの掲載禁止を求める仮処分を横浜地裁に申請するなどの法的措置に踏み切った。さらに4月、解放同盟と同盟員234人が、宮部らに対し、約2億6500万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こしたのだ。

出版差し止め事件

 そして昨年9月27日、東京地裁は、宮部らによる一連の行為が原告らの〈プライバシーを違法に侵害する〉と認め、宮部らに対し「復刻版 全国部落調査」の出版禁止や地名リストの一部削除を命じた。

ADVERTISEMENT

 しかし、裁判所は、解放同盟側が主張していた憲法第十四条に基づく「差別されない権利」を認めず、地名の公表を「プライバシー権侵害」の観点のみで判断。出自を明かした上で活動してきた同盟幹部らについては、その被害を否定した。さらに、もともと原告がいなかった10県と、訴訟中に原告が亡くなった6県、計16県の地区についても、被害が認められないとして、公開禁止の対象から除外した。この判決を受け、解放同盟側、宮部側ともに控訴し、現在も両者の争いは続いている。

 宮部のような人物が出現し、彼の主張がネット上で一定の支持を得る要因はどこにあるのか。西島は、ネット社会の急速な広がりと、「同和教育」の衰退を指摘する。

「2002年以降の『失われた20年』の影響は大きい。かつては、同和教育を推進するうえでの法的、財政的な裏づけとして、措置法(同和対策事業特別措置法)があった。その期限切れを2年後に控えた00年、『人権教育啓発推進法』が制定された。しかし、『人権』という大きな枠組みの中で、部落差別など個別具体的な課題が埋もれてしまった。そして、解放運動が盛んだった西日本はまだしも、東日本では公教育の現場で、部落問題について教え、学ぶ機会がほとんど失われたのです」

 同和教育で「教科書無償化」

 同和教育とは、「部落差別を中心にあらゆる差別をなくすための教育」のことだ。

 ただ、一口に「同和教育」といっても、その活動は多岐にわたる。よく知られるのは、差別問題を扱った教材などを用いた学校の授業だろう。学校教育を通じて、部落外の子供たちの差別意識をなくし、部落内外の豊かな関係の構築を目指したのだ。しかし、それ以外にも、劣悪な環境に置かれた部落の子供たちの学習や生活の支援など、部落の子供たちに生じる様々な問題を「教育」のアプローチから解決しようとする多くの取り組みが含まれる。

 その成果の一つが、1963年に法制化された「教科書無償化」だった。高知の被差別部落で貧困に苦しむ母親たちが、地元教員との学習会で憲法に〈義務教育は、これを無償とする〉(第二十六条)とあることを学び、「教科書をタダにする会」を結成。同和教育関係者や解放運動の協力を得て国を動かし、部落内外を問わず全国の小・中学校で教科書が無償となった。

なぜ部落解放同盟を執拗に敵視するのか

 1965年、同和対策審議会の答申がその推進を促すと、同和教育は西日本を中心に活発に行われるようになった。だが、前述の西島の指摘通り、措置法が期限を迎えた02年以降、同和教育は衰退の一途を辿り、人々の部落差別についての認識も次第に希薄化していった。

 しかし、ここで一つの疑問が生じる。1978年生まれの宮部は、1985~93年に学齢期を迎えている。当時は措置法の下、同和教育が盛んに行われていた時期だ。しかも、宮部の出身地である鳥取は、中国地方のなかでも同和教育に熱心な自治体のひとつだった。その教育を受けたはずの宮部はなぜ、部落解放同盟を執拗に敵視するのか。

 実は、そこにこそ宮部の思想を読み解く鍵がある。皮肉にも、宮部というモンスターを生んだのは、彼が受けた同和教育そのものだった。

部落解放同盟の中央執行委員長を24年務めた組坂繁之氏

「差別の商人」になったきっかけ

 解放同盟と宮部との控訴審の第1回口頭弁論が東京高裁で開かれる約1カ月前の2022年7月、私は東京・町田の喫茶店で宮部と会った。

 なぜ、彼が部落の地名をネット上で晒すという「アウティング」行為に及び、部落差別を拡大、再生産する「差別の商人」になるに至ったのか、その理由を知りたかったからだ。

 宮部はこう答えた。

「そもそものきっかけは小学校5年生の時でした。その日は朝から『今日は特別な授業があります』と言われ、5、6時間目だったか、道徳の時間に、部落から通っている同級生たちが教室の前に出てきて、発表会をやったんです。模造紙を持って。そこに町の地図が描かれているわけですよ。それを指しながら『この村の人と、この村の人は結婚しているけれども、この村の人と結婚する人はいない』と。要は部落だけが孤立している、つまりは差別されているというわけです。そんなこと突然言われても、わけが分からなかった。小学生だし、それまで普通に、一緒に遊んでいた同級生が急にそういうことを言い出すんですから」