『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』(ジェレミー・デシルヴァ 著/赤根洋子 訳)文藝春秋

「いかにして二足歩行がわれわれを人間たらしめたか」がテーマの一冊である。かのプラトンは、人間を「二本足の、羽毛のない動物」と定義した。二本足に着目したのが如何に慧眼(けいがん)であったか。この本を読めば思い知らされるばかりだ。

 直立二足歩行への進化は、「道具や武器を使うために両手を自由にする必要があった」ためと長い間考えられてきた。しかし、それは正しくない。なぜなら、そのような必要性が生じるよりも前、生きる場所が森林からサバンナへと移行する頃にはすでに二本足で歩いていたからだ。このことを示す足の化石の発見が過去の定説を覆してしまった。

 なんとなく、ゴリラやチンパンジーのような歩き方―ナックルウォーク―から二足歩行に進化したように思っておられる人が多いだろう。しかし、これも誤りであることが、やはり化石の研究からわかっている。

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 このように、広く信じられていた過去の「常識」が、新たな発見によって覆されていく。これぞ科学を科学たらしめる所以、パラダイムの転換だ。そして、優れたサイエンスノンフィクションを読む最大の醍醐味は、そのプロセスの面白さを教えてくれることにある。

 古生人類の足(の化石)の専門家である著者によると、類人猿からヒトへの進化におけるミッシングリンク(連続性が欠けた部分)はすでに存在しない。骨格や足跡(!)の化石研究から、近年になって大筋はすでにわかったというのだ。だから学ぶタイミングはベスト、このようなテーマの本は今が読み頃である。

 かといってすべてのことが明らかになっている訳ではない。二足歩行というのは、四足歩行に比べてスピードが出ないという致命的な欠点がある。また、二足歩行に適した脊椎や骨盤の特殊な形状が腰痛や出産の困難さを引き起こす。他にも、膝の靱帯損傷、下肢の静脈瘤や副鼻腔炎などといった疾患も直立歩行がゆえだ。

 このようなもろさを抱え込まざるをえなかったのに、なぜ二足歩行が進化したのか? 残念ながら、現時点では決定的な理由は不明で、おそらくは複合的なものなのだろう。そんな中、ひとつ面白い仮説がある。手が自由になったことにより、文字通り手助けが可能になった。その結果、互いが共感できるようになったからではないかというものだ。

 人間の持つ素晴らしい特性である共感や利他行動は二足歩行がはらむ「脆弱性」から生まれたのかと思いを馳せると、なんだかわくわくしてきてしまう。

 このような進化の話だけでなく、我々の生活においてウォーキングがいかに大切であるかということも紹介されている。ウォーキングが寿命を延ばすこと、さらには、認知能力や創造性の向上にも効果があるとは驚きだ。直立二足歩行という進化の賜(たまもの)を十分に活かすため、我々もせいぜい歩くことに努めねばなるまい。

Jeremy DeSilva/コーネル大学卒業後、ボストン科学博物館のサイエンス・エデュケーターなどを経て、ダートマス大学人類学部准教授。古人類学者。専門は、最初期の類人猿や初期人類の移動方法と足・足首で、人類の直立二足歩行の起源と進化を研究。

 

なかのとおる/1957年、大阪市生まれ。生命科学者。著書に『仲野教授の笑う門には病なし!』『こわいもの知らずの病理学講義』等。