よくできたロードムービーを観ているようだ。
とは言え、読者が目にするのは、グランドキャニオンやヨセミテ国立公園のような風光明媚な観光地ではない。アメリカが悩み苦しみ呻吟し、時には命を落とすような生々しい現場だ。
本書は、麻薬性の鎮痛剤が原因で薬物依存者が蔓延する「底辺の地」や、人種差別主義者の象徴であるカギ十字旗がはためく田舎町、それに小児性愛者が収容される精神病院――を含む10篇のアメリカの分断を巡る物語だ。
アメリカで長期にわたる取材経験がある私でも二の足を踏むような取材現場に、女性の新聞記者が足を運ぶ姿には驚嘆せざるを得ない。
例えば、犯罪率が飛びぬけて高いカリフォルニア州中部では、レンタカーでは目立ちすぎるので、タクシーで取材先に向かおうとしたら、運転手からは「なぜそんな所に行く? 俺はそこで車上荒らしに2度あったぞ」と警告される。
中東部にある白人至上主義者のKKK(クー・クラックス・クラン)の本部に行く時、グループのリーダーから、「俺の車に乗れ」と言われ、躊躇する。アメリカの田舎町で自分の車から離れることは、命を落とすことになりかねない。腹を括って車に乗ると、到着した本部では白頭巾を被ったメンバーに取り囲まれる。しかし、冷静さを失わず、対話を重ねていくうちに、「恐怖心は消えた」。
アメリカで最初に尊厳死法を成立させたのはオレゴン州。「知りたいことが見つかると、できる限りいろいろな人の話を聞いて、本当に心に響いたことだけを綴り合わせる」タイプの記者である著者は賛否両論に耳を傾けた末、「私は尊厳死賛成派に軍配をあげた」と書く。
この本の一つの特徴は、多くの場合、本筋とは違うとして省かれてしまいがちな部分まで物語として編みこんでいることだ。日米関係に関心を持つものなら避けては通れない戦争について語る1章に、特によく現れている。アメリカ人ジャーナリストがGHQ(連合国最高司令官総司令部)の箝口令に背き、原爆投下1ヶ月後の長崎に潜行し、被爆地の詳細なレポートを書いた。検閲によって半世紀以上日の目を見なかったその原稿を見つけ出したことを、秘話として紹介する。
目を伏せておきたいような過酷な現実を目の前に突き付けられても、読者が安心して読み進められるのは、書き手の懐の深さゆえだ。
著者は新聞社のカメラマンだった父親を持ち、20代前半でアメリカの大学に留学、ジャーナリズムを学び、帰国後に全国紙の記者となった。以降、何年も北米で取材を重ねる過程で培われたバランス感覚と取材対象への高い共感力が持ち味だ。
本書を読み終わると、今まで知っていたつもりのアメリカとは一味違った表情のアメリカが読者の目の前に立ち上がってくるだろう。
くにえだすみれ/1967年、東京都生まれ。91年毎日新聞入社。英字新聞毎日デイリーニューズ編集部、さらにロサンゼルス、メキシコ、ニューヨークで特派員を経験。2005年、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
よこたますお/1965年、福岡県生まれ。ジャーナリスト。近著に、『「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ』。