権力側が報じてほしくないと思うことを報じるのがジャーナリズム、それ以外はすべてPR(広報)――英国の作家ジョージ・オーウェルが残した名言だ。これに従えば「パナマ文書」のスクープはジャーナリズムの理想形だ。
何しろ、パナマ文書にはロシアのプーチン大統領やシリアのアサド大統領をはじめ国家元首や独裁者、大富豪が何人も登場し、彼らの隠し事が見事に暴かれているからだ。「権力側が報じてほしくないと思うこと」のオンパレードなのである。ミステリー小説のように書かれた本書にはすべて詰まっている。
インターネット時代を迎えて新聞など伝統的メディアは軒並み経営不振に陥り、行政、立法、司法の三権を監視するという「第四の権力」の役割を担えなくなりつつある。だが、パナマ文書をスクープした記者二人によって書かれた本書を読むと、「伝統的メディアもまだまだやれる」という気持ちになる。それどころか「ジャーナリズムの未来は明るい」とも思えてくる。
というのも、「第四の権力」と「第五の権力」の融合によるジャーナリズムの復権というテーマも本書から読み取れるからだ。「第五の権力」とは、ネット上で活躍するハッカーやアクティビストらのことだ。パナマ文書の場合は匿名の内部告発者ジョン・ドゥだ。
ジョン・ドゥからパナマ文書を入手したのは南ドイツ新聞の記者。最終的には世界八十カ国以上から約四百人の記者が結集し、パナマの法律事務所を舞台にした複雑怪奇なタックスヘイブン(租税回避地)の実態を白日の下にさらした。
パナマ文書は国境を越えた史上最大規模の極秘データだった。これでアドレナリン全開にならない調査報道記者はいない。データを見た著者たちは本書の中で「この秘密のビジネスの内部をこれほど奥深くまで覗き見る興奮は強烈だ。ほとんど中毒になっていると言ってもいい」と書いている。
このようなスクープと正反対なのが、政治権力側からのリークに頼ったスクープだ。天皇陛下の「生前退位」報道もその一つ。政治権力側の情報操作に加担する格好になりかねない。本物のスクープは非政治権力側からのリークから生まれる。
ネット時代には「第五の権力」によるリークが中心勢力になるだろう。ただしベテランジャーナリストを備える「第四の権力」の協力を必要としている。本書は臨場感あふれる筆致でタックスヘイブンの秘密のベールを剥がしたが、同時にジャーナリズムの未来形も示している。
Bastian Obermayer/1977年生まれ。「南ドイツ新聞」調査報道班副チーフ。
Frederik Obermaier/1984年生まれ。同調査報道班所属。両者ともICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)のメンバー。優れた調査やルポルタージュで様々な賞を受賞している。
まきのよう/1960年生まれ。ジャーナリスト。「日経新聞」記者を経て2007年フリーに。著書に『官報複合体』など。