※以下の文章には『アドレセンス』のネタバレが含まれます。

 エンターテインメントには社会を動かす力がある。#MeToo運動を後押ししたり、人種や性的マイノリティの俳優やスタッフの起用を促す。あるいは、未解決のままお蔵入りとなっていた事件がドラマシリーズ化されたことで、新たな展開を迎えるといったパターンもいくつもある。

中学校の教材にまでなったNetflixドラマ

 新たにそうした事例に加わったのが、世界各国で議論を巻き起こしているNetflixの英国ドラマ『アドレセンス』だ。なにしろ英国では本作を鑑賞した首相が強い衝撃を受けたと語り、政府の支援を受けて同国全土の中等学校で視聴可能となることが決定したというのだから。

 13歳の少年が同級生の殺害容疑をかけられるという衝撃的な事件を全4話で描いた本作は、配信開始から11日間で6630万回再生を記録。リミテッドシリーズとしては歴代1位を獲得し、現在まで再生回数は9670万回で記録はいまだ更新中だ。エミー賞を筆頭に今期の賞レースの台風の目になることは間違いないが、単なる秀作の域を超えて、英国政府をも巻き込む議論に発展するほど、何が人々の興味を引き、問題意識を喚起するのだろうか。

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60分ワンカットの手に汗握る緊張感

 まず技術的な挑戦において、本作は目を見張るものがある。

 物語はシンプルだ。第1話は少年が連行された警察署で聴取などが行われ、第2話は担当刑事が少年が通っていた学校に出向いて聞き取りなどを行う。第3話は心理療法カウンセラーの女性が少年と対話をし、第4話は少年の家族の日常が映し出される。

Netflix公式Xより

 しかし、既に多くのメディアでも指摘されているように、本作は1話約60分程度のドラマをワンカットで撮影している。95分をワンカットで撮影した映画『ボイリング・ポイント』のフィリップ・バランティーニ監督と主演俳優スティーヴン・グレアムのコンビが手がけているので勝算はあったのだろうが、ワンカット風を除くと映画も含めてこれほど高度な技術を用いた大胆な挑戦がなされた作品は、そうはないだろう。

 1話ワンカット撮影のスタイルは、それだけで話題作りには事欠かない。屋内も屋外も、さらには車で移動する俯瞰のシーンなど、日常の風景であっても、一体どうやったらこんなことができるのかと驚かされるのだから人と話したくなる。しかし、こうした技術的な挑戦は、すべてがクリエイターのグレアム(本作では父親役を好演)とジャック・ソーンのビジョンを具現化し、メッセージを伝えるために有効である点が、本作が真に優れた作品である理由なのだ。

 ワンカット撮影が生む、リアルタイム進行のドラマの臨場感と緊迫感には圧倒的な没入感があり、登場人物の表情や心情の変遷に視聴者をシンクロさせる絶大な効果がある。特に、当初は実際に犯行を犯したのかどうかがわからないジェイミーの複雑で微細な心情や表情の変化をつぶさに捉え、視聴者はその些細な変化も見逃さないよう映像と俳優の演技に集中する。

 ジェイミー役のオーウェン・クーパーは驚異の新人俳優ぶりを見せて圧倒的だが、他の共演者も等しく名演を披露している。この点に関しても、演じる俳優陣やスタッフにしても、舞台を通して行う演劇のスタイルを用いた撮影では、1回のテイクへの向き合い方も、求められる力量、準備期間も変わってくるはずだ。いかに、このチームが高いレベルで作品を成立させたのかについては、今年これ以上の作品が登場するのかと思えるほどである。