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「日本ファクトチェックセンター」が設立されても変わらない“日本語圏インターネット”の世情

「日本ファクトチェックセンター」が設立されても変わらない“日本語圏インターネット”の世情

2022/10/12
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真偽不明な情報が凄惨な事件に繋がることも

 そして、SIAは既存の報道機関には報道倫理に基づく訂正の仕組みがある前提でファクトチェックの対象から外すというロジックを展開していますが、朝日新聞の外部委員による「メディアと倫理委員会」は今年4月にようやく第1回が開催されたばかりです。実際のところ、アリバイ的に報道倫理について組織されている仕組みがあるにしても、いまのBPOや新聞業界の外部委員会で報道内容に対するファクトチェックが充分なのかと言われると議論が分かれるところです。

 ネットで自然発生的に流布されるガセネタに対し、デマバスター的にファクトチェックを重ねることが目的なのは良いとしても、ネット発のデマがバズって騒動にことになることよりも、既存報道の誤報が拡大するケースや、ネットで騒ぎになっているネタを既存のネットメディアやスポーツ紙が面白おかしく取り上げ拡散するオルタナティブもまた存在します。また、実際には一定の割合が党派性を帯びた既存媒体が流す憶測記事や不正確な記事で民情が大いに煽られることも少なくなく、それがトリガーとなってネットで騒ぎになることのほうが日本語圏では有害なのではないかとも感じます。

 2016年4月14日に発生した熊本での大地震の直後に「熊本の動物園からライオンが逃げた」というデマ情報をTwitterに投稿して神奈川県在住の20歳の男性が逮捕された一件がありました。これらの問題をフェイクニュース対策で取り組むことに価値は確かにあり、例えば、関東大震災の直後に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが流れ、それを信じた官憲を含む日本人が多数の朝鮮人を虐殺した悲惨な事件もあります。

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 混乱時の流言飛語で過剰なリアクションを生み、凄惨な事件に繋がることも考えられるだけでなく、ネットが発達して真偽不明な情報が大量に流通するようになると、社会はこれらの脆弱性と常に隣合わせとなり、非常に危険であることは言うまでもありません。古田大輔さん率いるJFCが、対策の切り札となるよう活動を重ねて信頼を得ていくのは素晴らしいことだと思います。しかし、だからといって、ネット上で流れるデマ対策をするのに、テレビや新聞など既存の報道機関の内容に関して取り扱わないかのような動きになる理由はないようにも思います。

 SIAは取材に対して「運営委員会が特に必要と認める場合には、報道機関であっても対象とすることは否定されません」と留保していますが、ジャーナリズムの編集方針を有する既存媒体かどうかをジャッジの対象とすること自体が彼ら業界団体側の事情でしかないこともまた事実です。極論を言えば、ネット発のデマだろうが大手新聞社が流した捏造記事だろうが、利用者の安全やネットで流通する情報の質の担保という観点からは、等しくファクトチェックされるべきものです。

フェイクニュース対策の重要性

 英語圏でファクトチェックが重視されるようになったプロセスを見ていくと、やはりケンブリッジ・アナリティカ事件に代表される、離婚や失業、病気など普遍的にある人間の不安につけ込んでガセネタを流して信じさせ、これに乗じて民主主義のインフラである公職選挙に外国勢力が介入したことが大きな契機になったと言えます。