文春オンライン

2022/10/18

「僕は根回しとかできないから」

若本 ただね、僕は炭鉱出の人とは良かったんだけど、経済企画庁の官僚出の人もいるんだよね。そういう人とは合わない。僕は根回しとかできないから……。

 で、結局やめた。組織というものは僕は合わないなと思ったね。でも、自分にはなんの技術も資格もない。ただ、自分の力でなにかのし上がっていける仕事はないかな、とずっと探していたんだ。

 それであるとき、地下鉄の長椅子に寝転んでたら、上からバサッと新聞が落ちてきてね。社会面に「黒沢良アテレコ教室開設」と書いてあって、新しい声優を育てると……。それを見て、瞬間的に「これだったら、俺みたいな男でもやれるんじゃないかな」て思ってね。電話をかけたら、「ちょうど1週間後にオーディションがありますから」って。

――そこでもまた偶然だったわけですね。

若本 そうだね。行ったら、若い子ばっかりだったね。僕は当時26歳。部屋に入ったら、ズラーっと業界の先生方がいて「はい、これ読んでください」ってセリフを渡されてね。みんな劇団かなんかに入っているのか、うまいんだよ。

 僕も一生懸命、大きな声で読んだよ。そしたら、真ん中に座ってる男性が、しきりに聞いてくるんだよ。「この教室は、月水金の1時から5時までですけど来れますか?」とかね。

 オーディションが終わって、落ちたんじゃないかと諦めてたら、合格通知が来てね。さっきの、真ん中に座ってた人が中野寛次さんっていう東北新社のディレクターで、俺を推してくれたらしい。声優業はそこから始まった……。

――最初はどんな仕事だったんですか?

若本 当時は、吹き替えの仕事がほとんどだね。アニメは『鉄腕アトム』とか『鉄人28号』とかしかなかった。しばらくして、僕らが現場に出ていってから、少しずつアニメが広まっていって、『勇者ライディーン』とか『ガッチャマン』とかが出てきて。でも声優が足りなかったから、結構使ってもらえたね。もう後戻りできないから。「この世界で生きていこう」という覚悟はあったからね。

――声優の世界が、心地良かったんですか?