屋敷伸之九段と伊藤沙恵女流名人による師弟対談。
後編では、9度目の挑戦となった昨年度の女流名人戦について、二人それぞれの視点からの“初戴冠”のストーリーを聞いた。
「この角を打てば勝つだろう…」と師匠
――女流名人戦五番勝負の星取りは2連勝スタートから1敗されて、第4局での奪取となりました。まず第2局が終わった時の気持ちと、第3局直後の気持ちに違いはありましたか。
伊藤 その違いは相当ありましたね。2連勝した時は、第2局が二転三転の長手数で、興奮していて寝られなかったということもあります。自分が2連勝したという状況が信じられない気持ちもありましたが、タイトル獲得が現実になろうとしている瞬間も感じていました。ですが、第3局は完敗に近い内容で「何やってるんだろう」と、相当に落ち込みました。まだ実際にタイトルを取ってないのに浮足立っている自分が恥ずかしく、このまま負けたら次はないだろうとも。
ただ第4局に向けての切り替えはうまくできたと思っています。これまでのタイトル戦では、カド番になってから追いついたことはありますが、自分の星が先行して「あと1勝」の状態になったことは初めて。そもそもこの女流名人戦まで、タイトル戦の初戦を勝ったこともありません。ここまで理想的なスタートを切ったのに、今回もダメだったら、もうチャンスはないという気持ちでした。
屋敷 第2局は家で見ていました。まさに大激戦という感じで、観る将ファンの気持ちがよく分かりました(笑)。これまでのタイトル戦も毎回見ていますが、この第2局は本当に激戦で、厳しい局面もあったが、そこを耐えてよく勝ち切った、価値の高い1勝だったと思います。ただ相手が里見さんなので、簡単には勝てないだろうとも。
第3局の日は仕事だったので、その合間にちょくちょく中継を見ていましたが、厳しそうな展開でしたね。第4局の日も将棋会館で仕事でした。帰りに中継を見ていまして、この角を打てば勝つだろうと思っていた局面で、打ってくれたので安堵しました。
――伊藤女流名人は9度目の挑戦で初戴冠となりましたが、7度目の挑戦で初タイトルを獲得された木村一基九段と重ねる目で見る方もいると思います。
伊藤 木村先生が王位を獲得された時、自身と重ねた部分はありましたね。私とはレベルが違う戦場で戦っていますが、境遇が似ている気がして、ジーンとくるものがありました。木村先生の時もそうですが、ファンの方の声援が大きいと思います。ずっと応援してくださる方の顔が浮かびましたし、その期待に応えたいなあという気持ちが強かったです。