チャンネル登録者数480万人超の“カリスマYouTuber”として知られるヒカル氏。芸能人、アーティスト、文化人、実業家、スポーツ選手や学者──いまや多士済々がひしめくYouTube界において、長年トップをひた走り続けている。なぜ彼は、日本屈指の影響力を持つ存在になれたのだろうか。
ここでは、ヒカル氏の著書『心配すんな。全部上手くいく。』(徳間書店)から一部を抜粋。カリスマYouTuberが歩んだ“大逆転人生”を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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負け組、おちこぼれ、ニートだったヒカルの過去
どんな状況もひっくり返せる。逆転できる。いちど手離した夢や目標。それも取り返せる。あなたがいまどんな境遇だろうが、あなたがいま何歳であろうがだ。
綺麗ごとを言いたいのではない。これはただの事実だ。
ぽっと出の金持ちユーチューバーになにがわかる? そのとおりだ。僕はたいした人間じゃない。立派な人間じゃない。
でもあなたはどうだろう。あなたは立派だろうか。そんなことはないと思う。完ぺきで立派な人間なんていない。もし完ぺきで立派な人がいるとしたら、それはそう見えるように振る舞っているだけだ。
かつて何者でもなかった僕は、ジェットコースターのような20代を駆け抜けながら「ヒカル」になった。みんなに少し知ってもらえる存在になった。そんな僕の原点は、負け組、おちこぼれ、ニートだ。
学生時代の僕はろくに勉強もしなかった。たいした努力もせず皮肉な目で世のなかを眺めていた。高校卒業後、地元兵庫県の片田舎にある工場に就職。ほんとうは就職なんてしたくなかったが、無職じゃ恰好がつかない。それくらいの動機だったから半年もしないうちにやめた。そのころの僕にはなんの向上心もなかった。やめてからは自宅でゲーム三昧の日々。結局、ニートだ。
ゲームに明け暮れながら僕は心でつぶやいていた。こんな田舎にさえ生まれなければ自分はもっとやれた。不運でしかない。都会ならなんだってある。そこにはいろんな情報やトレンドが集まっている。都会に生まれていれば自分の状況は180度違っていたはずだ――。ひたすら自分が歯がゆかった。