麻薬撲滅戦争で6000人以上殺す一方で治安改善、経済発展を成し遂げ、任期を終える直前まで75%を超える支持率を記録し続けたロドリゴ・ドゥテルテ元大統領。
強権を振るった大統領は、実際にはどのような政治を行っていたのか。そして、過激な政策をフィリピン国民はどのように受け止めていたのか。ここでは、共同通信社を経て、フィリピンの邦字新聞「日刊まにら新聞」編集長を務めた石山永一郎氏の著書『ドゥテルテ 強権大統領はいかに国を変えたか』(角川新書)の一部を抜粋。麻薬撲滅戦争の一端を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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麻薬撲滅が政策の要
大統領就任後、ドゥテルテが最初に実行した看板政策の一つが、徹底した麻薬撲滅政策だった。
しかし、トンドのエミール・マルコス(編集部注:筆者が取材した人物。覚醒剤を所持しており、フィリピン警察によって連行・殺害された)のように無抵抗の容疑者を警察や国家麻薬取締局(PDEA)、米国のFBIに当たる国家捜査局(NBI)が多数殺害した疑いが持たれており、アムネスティ・インターナショナルなど国際的人権団体はドゥテルテ政権を激しく批判している。
実際にドゥテルテは、麻薬捜査に関し「抵抗する者は殺せ」と公言してきた。
そのような形で捜査当局が被疑者を殺害することは超法規的殺人と呼ばれている。その数は、2021年12月時点の政府の公式発表で6215人だ。しかし、国内外の人権団体の推計では1万5000人を超えるとも言われている。
ただ、麻薬や治安に関する「フィリピンの現実」は日本や欧米諸国とは大きく異なる。
まず他の東南アジア諸国や中国においても同様だが、麻薬犯罪は罰が非常に重い。フィリピンで麻薬密売をしたり、一定量以上の麻薬所持者には、終身刑が下される。2000年以前は死刑だったが、キリスト教団体らの批判を受け、フィリピンは死刑を廃止、最高刑を終身刑としている。日本の場合は最も罰が重い麻薬密輸でも5年、単純所持は1年ほどだ。
このためフィリピンでは、麻薬密売組織の多くは武装しており、警察にアジトなどに踏み込まれると、銃で応戦して必死に抵抗する。終身刑を怖れて命がけの抵抗をするのだ。このため警察との銃撃戦の末に殺される麻薬密売人も少なくない。警察側も2019年2月時点の数字だが、麻薬捜査で密売人に撃たれるなどして165人が殉職している。