1ページ目から読む
4/4ページ目

 いずれの可能性も、日本人の感覚からすれば、常軌を逸した悪魔のような行為だが、警察の腐敗は歴代政権がまったく手を付けられないほど進んでいた。

 ドゥテルテは麻薬戦争を断固として続ける一方、2016年6月の大統領就任後、21年12月までに、不正行為などで警察官2万人以上を懲戒処分し、5000人を免職にした。フィリピンの警察官の総数は全国で約22万人であるゆえ、1割以上を懲戒あるいは免職としたのだ。処分とされた警官には麻薬密売に関わっていた者も多かった。ドゥテルテの麻薬戦争の陰の目的には、警察の浄化もあったように思える。

警察官と軍人の初任給を倍増

 悪徳警察官には厳しい処分を下してきた一方で、ドゥテルテは警察官と軍人の初任給をこれまでの1万5000ペソ(1ペソ約2・5円)から一気に3万ペソに引き上げた。マニラ首都圏の最低賃金は2022年7月現在、非農業分野で日給570ペソだ。高学歴者以外では、この最低賃金で働く者は多い。

ADVERTISEMENT

 この場合、月給換算すると、フィリピンはまだ一部の事務職以外は週休1日制であるゆえ、1万3500ペソほどになる。警察官の給料は初任給でも、それと比べると2倍以上になった。これに応じて、幹部らの給料も大幅に引き上げた。軍人の給与も同時に引き上げたのは、アキノ政変後、アロヨ前々政権まで何度も繰り返されてきたクーデター未遂事件を教訓に、軍の人心掌握を図る目的があったとみられる。

 給料が一気に倍になると、警察官たちも身分に執着するようになる。小遣い稼ぎの汚職が発覚してクビになるよりは、そこそこ真面目にやろうという意識に変わったようにもみられる。

 トンドのマルコスのように麻薬戦争で無慈悲に殺された被害者は、まだ、警察官の初任給倍増が実施されていなかった政権発足当初の2016~2017年ごろまでに集中している。その後は、「殺す」側の警察発表の数字ながら、明らかに減少している。これは警察内部の意識が変わったことと関連しているように思える。

 国内外の人権団体が超法規的殺人、特にトンドのマルコスのようなケースを批判すること自体は人権問題の「国際水準」に照らせば、正しいと言えるだろう。

 ただ、フィリピンは決して国民の人権意識が低い国ではない。民間の人権団体は多数存在し、人権活動家と呼ばれる人々も多数いる。東南アジア諸国連合(ASEAN)の中では、最も国民の平均的人権意識が高い国だとさえ言ってもいいように思える。

 ドゥテルテの支持率は就任以来、80%前後という圧倒的な高さを示してきた。

 その支持の理由の第一に挙げられてきたのが、「麻薬撲滅政策と治安の改善」で、2番目が「汚職問題への取り組み」だった。人権が大切な価値であることをフィリピン人は知りつつも、麻薬戦争を圧倒的多数が支持したのだ。