ドゥテルテ政権下の2016年10月、ルソン島中部パンパンガ州で警官ら武装グループに53歳の韓国人ビジネスマンの男性が、薬物所持をでっち上げられて家政婦とともに自宅から拉致され、なんと警察署内で警察官に銃殺されていたのだ。その遺体はマニラ首都圏カロオカン市の葬儀場でひそかに荼毘に付され、遺灰は葬儀場のトイレに流された。これに関わった葬儀場の職員は韓国人男性が所持していたゴルフセットを見返りに受け取った。すぐに解放された家政婦は、警察の指示で韓国人宅に違法薬物を置いたとみられている。
悪徳警察官は警察本部内に韓国人男性を拉致している間に家族に対して500万ペソ(約1250万円)の身代金を要求、家族はやむなく支払ったが、警察はそれでも男性を解放せず、さらに400万ペソ(約1000万円)を追加で払うよう要求した。このため、家族は警察に被害届けを出した。
フィリピンの大手英字紙インクワイアラーのスクープで事件は発覚、事件に関与した現職警官2人が殺人罪で起訴された。残り数人は海外や国内でなお逃走中だ。事件は外交問題にも発展、フィリピン政府は韓国政府に謝罪した。当時の国家警察長官ロナルド・デラロサは大統領府で謝罪会見を開き「事件に関与したのは国家警察所属の現職警官たちだ。大変申し訳なく思う」と全面的に警察の犯行であったことを認め、事件の詳細について韓国政府に説明する意向を示した。フィリピン外務省のホセ報道官も同日、韓国政府と緊密に連携し、事件の早期解決を約束した。
日本の感覚では、こんな事件が起きれば、国家警察長官デラロサ(現上院議員)の引責辞職は免れないと思うが、デラロサは辞職せずに任期を全うした。ドゥテルテの推し進める麻薬戦争の陣頭指揮を執っていた人物ゆえ、ドゥテルテはその職にとどめ置いたとも思える。
テレビドラマはその事件の被害者を韓国人から日本人に代えただけで、ほぼ、事実通りに描いている。また、こういうドラマが地上波で放映されたことはドゥテルテ政権下で表現の自由が保障されていたことの証左でもある。
エミール・マルコスの場合
トンドのエミール・マルコスが殺された理由には、二つの可能性が考えられる。
一つは、彼が単なる覚醒剤常習者ではなく警察官も絡んだ麻薬密売に関わり、警察内の悪徳警官によって口封じのために殺された可能性だ。
もう一つの可能性については地元紙記者が次のような解説をする。
「ドゥテルテ政権が麻薬戦争を始めた当初、容疑者を殺した警察官には特別な報奨金が『危険手当』などの名目で支給されていた。警察内の報告書で『容疑者が発砲してきたので応戦した』などと書けば、その危険手当がもらえた」