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「尿道に千枚通しを突っ込まれ、かきまわされているような痛みが絶え間なく訪れるんだよ。そういう時は、もう生きているのが嫌になる。痛みを抑える方法はモルヒネしかなく、そうすると入院しなくてはならない。入院だけは嫌だから耐えるしかない。その時期が3カ月も続いてね。精神的な苦痛も大きかったよ。なんせ、小便を自分でコントロールできずに漏らしてしまうんだから。大人用の紙オムツをはいているんだけど、炎症の原因になっているウイルスを排出するために大量に水を飲まないといけないから、容量オーバーでオムツから漏れてしまうことがある。もう、本当に自分が情けなくてね」

インタビューは自宅にお邪魔した Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

死ぬのは簡単じゃない、大変なこと

 深夜に一人、ため息をつきながら血尿で汚れたベッドシーツや紙オムツを片付ける日々。一人ですべて引き受けるしかない痛みと苦しみ。そのうち、花村さんは死を希求するようになる。死後のことを考え、預金口座の暗証番号や「葬式無用」と記した遺書めいたノートまで用意した。

《しんとした洗面所の大きな鏡に映る青黒く変色してしまった顔を凝視する。会陰の痛みに耐えて冷たい水で泡を流しているさなか、生まれてはじめて私は本気で自殺しようと思った。》(P262)

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皮膚は入れ替わり、爪も生え変わった Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

「俺の寝室兼仕事部屋には、物を吊るすために張った頑丈な鎖がある。ここから首を吊ればすぐに死ねるんじゃないかって思った。でも、結局、鎖を見つめているだけで、やらないんだよ。死ぬことがこの苦しみから解放される一番の早道だと分かっているのに、できない。やっぱり、幼い娘に自分の首つり死体を見せることで心に傷を残したくなかった。そうすると、娘に発見されないタイミングを見計らわないといけない。じゃあ、それはいつなのかと考えていくと、現実的に難しいことに気づいて、だんだんどうでも良くなってくる。死にたい気持ちは確かにあるのに、突き詰めていくと『もう仕方がない』という諦めの境地に達するんです。これまで小説という虚構の中で簡単に人を死なせてきたけれど、死ぬのは簡単じゃない。死ぬのは大変なことなんだと初めて気づかされました」