「きっと、みんな『自分はがんになんてならない』って思っているでしょう。俺もそう信じ込んでいました。ずっと健康そのもので、自分は病気なんて無縁だと思ってきたんです。だから、いざ病が降りかかってきた時に次から次へとこんなにも苦しいことが起きるなんて、想像したことすらなかった」
そう話すのは、芥川賞作家の花村萬月さん。4年前、血液のガンである「骨髄異形成症候群」と診断され、闘病を続けてきた。今春上梓した新刊『ハイドロサルファイト・コンク』(集英社)は、その壮絶な体験を基にした私小説。ストーリーは、花村さんの本名である吉川一郎の一人称で展開される。ラストの一部分を除き、すべてが実体験に基づく描写だ。
「骨髄異形成症候群」を発症 医師から突然の余命宣告
花村さんが身体に異変を感じたのは、61歳になった2016年の夏。八ヶ岳の別荘で愛犬と散歩中に突然動けなくなり、路上に座り込んだ。その異変は、“日常”になっていく。次第に、50代半ばで授かった二人の幼い娘たちと同じスピードで歩いているだけで息が上がり、動悸がするようになった。
「もともと病院嫌いで、歯医者しか行ったことがなかったし、健康診断を受ける習慣すらなかった。それでも60歳になるまで病気らしい病気をしたことがなかったから、健康にはやたらと自信があったんだよ。だから、異変を感じても『加齢による心肺機能の低下だろう』ぐらいに軽く考えてしばらく放置していた。でも、そのうちに足がむくんで象の足のようになって、スニーカーが履けなくなってきたんです」
それでも病院行きを渋っていたが、見かねた妻に促され、重い腰をあげて受診したところ単なる老化症状ではないことはすぐに分かった。医師から本格的な検査を勧められ、骨髄に針を刺して骨髄液を採取する羽目になった。診断結果は「骨髄異形成症候群」――。
『ハイドロサルファイト・コンク』には、病名、そして余命を宣告された時の様子が克明に記されている。
《「吉川さんのような状態の骨髄異形成症候群を放置すれば、近いうちに、間違いなく死ぬということです」
死の宣告。
遠くない未来に、私は死ぬ。》(P91)