「死にたい気持ちは確かにあるのに、突き詰めていくと『もう仕方がない』という諦めの境地に達するんだな。これまで小説という虚構の中で簡単に人を死なせてきたけれど、死ぬのは簡単じゃない。死ぬのは大変なことなんだと初めて気づきましたよ」

 2018年に骨髄異形成症候群という血液のがんと診断され、骨髄移植を含む治療を続けている小説家の花村萬月さん。筆舌に尽くしがたい治療の過程を小説『ハイドロサルファイト・コンク』に昇華させた。次々襲い来る体の痛みは、やがて心も蝕んでいき、ついには自死さえ考えた。

体中の毛が抜け落ちるのは抗がん剤の影響かと思っていた

 骨髄移植から4年が経過した今も、花村さんは毎日10種類以上の薬を飲んでいる。これでもかなり減ってきたそうだが、自宅の食卓の上に置かれた薬ケースの中には、朝・昼・晩と飲む時間によって仕分けされた大量の錠剤が入っていた。

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毎日、朝昼晩と薬を飲み続けている Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

 4年間で外見は大きく変化した。86㎏あった体重は50㎏台に。脊椎骨折の影響で身長は4㎝縮んだ。以前着ていた服はすべてブカブカになってしまったという。一時期は薬剤の副作用によってパンパンにむくんでいたという顔も、今は別人のようにほっそりしていて、笑うたびに首回りの筋がくっきりと浮かび上がる。筋張った大きな手で、褐色と白色のまだらになった頭をなでながら花村さんは言う。

「俺の肌はもともと浅黒かったんだけど、それが剝けて新たに生まれてきた肌は白いんですよ。それに、気づけば眉毛も腋毛も胸毛も、体中の毛という毛が抜け落ちてツルツルになっていました。最初は抗がん剤の影響かと思っていたけれど、投与から4年以上たったのにいまだに薄いし、新たに生えてきた毛も細くて頼りない。おそらく、骨髄移植の影響だと思うんだよな。いま、赤の他人の骨髄がつくる組織、血液が俺の体をかたちづくりつつある。ドナーがどこの誰なのか知る手段はないですが、もしかしたら女性の方なのかもしれないって推察しているんです」

肌の色がまだらになったという Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

自分の肉体の中を他人の血液が巡るようになり、性格にも変化が

 皮膚だけでなく爪も、元の爪の下から新たなものが生えてきて、すべて生え変わった。血液型も、O型からドナーの血液型であるAB型に変化したという。性格さえ劇的に変わった。

「気が短くてすぐ手が出るタイプだったのに、怒りの爆発が本当に少なくなった。こんなに穏やかになるなんて自分でも気持ち悪いくらい(笑)。自分で口にするのは相当恥ずかしいんだけど、包容力みたいなものが生まれてきて、家族にも優しくなっちゃった。それに、性欲もなくなりました。気づいたら、そういった欲求と完全に無縁になっていたんです」