文春オンライン

2022/10/29

「だから子供の誕生日に一人だけケーキが食べられない。あまりに悲しいから少しだけ食べちゃったけど。何年かぶりの生クリームは、本当にうまかったなぁ。食べ物の制約には閉口しますが、もともと家にこもって執筆していたから、人に会わない生活には慣れているんです。それに、世間はコロナ禍で一気に家に閉じこもる生活になったわけだけど、俺は4年前から引きこもってきましたからね。すっかり自粛生活の達人です。コロナ前からマスク生活だから大量にマスクをストックしていて、マスク不足になった時も、転売できるぐらい家にマスクがありましたよ(笑)」

 冗談を飛ばす花村さんに悲愴感はまったくない。「久しぶりに人と会ったから、ついつい喋りすぎちゃうんだよね」と笑いながらも、話は止まらない。

深刻な話を面白おかしく話してくれた Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

ステロイド剤の大量投与でこれまでの経験にない感覚を味わった

「『病気になって良かった』とは、口が裂けてもいえない。だけど、闘病のメリットが2つだけあった。一つは、白内障の手術をしたこと。薬剤の副作用で白内障が急速に進行して、執筆にも影響が出てきちゃって。そのうちほとんど見えなくなってしまったんです。作家にとって見えないのは致命的だから、この時ばかりはさすがに焦ったよ。急遽手術して眼内レンズを入れたら、世界がものすごく白くハッキリ見えるようになった。それまで気づいていなかったんだけど、少しずつ視界がくすんでいたんです。それに、もともと左右の視力が極端に違っていて、いわゆるガチャ目だったから、眼内レンズで左右の度をそろえたことで、ものすごく見やすくなった。病気になっていなければ、今もそのままにしていたでしょうね」

「それにね」と花村さんはニヤリとして、こう続けた。

「大手を振ってハイになれたのは良かったな」

薬物体験を下敷きにした小説もある Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

 この言葉には深い理由がある。花村さんは、10代半ばからの10年間、合法非合法問わず、さまざまな薬物を身体に入れてきたからだ。シンナーやトルエンといった有機溶剤に始まり、マリファナ、LSD、覚醒剤、合法ハーブ……。それらの薬物体験の詳細については、これまでの作品でも余すところなく綴られている。

「でも、ステロイド剤の大量投与で味わったのは、これまで経験した薬物とはまったく別の感覚でした。吐き気も幻覚もなく、気持ちよく躁状態になれて、全然眠くならない。あれは本当にすごかったぜ」

医療用のモルヒネはひたすら眠くて気持ちよくもない

 一方で、“期待外れ”のクスリもあった。