文春オンライン

2022/10/29

 自分の肉体の中を他人の血液が巡り、これまでの自分とは別の自分に生まれ変わる。変わってゆく自分を自分が冷静に見つめている。どのような心境なのだろうか。

「いや、どこかホッとしていますよ。自分の男らしさにこだわらなくて良くなったから。オスであることを降りる、という感じですかね。過剰に自分の男性性を意識して生きてきたわけではないけれど、今思えば、突っ張っていたような気がするね」

オスを降りた感覚があるという Ⓒ文藝春秋 撮影・石川啓次

娘にラノベが読みたいとせがまれて

 10代の頃から札付きの不良だった花村さん。不良ならではの権威を忌避する価値観が、自分の“面倒くささ”の根源になっていたという。

「だから40代にして吉川英治文学新人賞にノミネートされた時も最初は断ろうと思った。でも、担当編集者のことも考えてあげてくださいって怒られて。小説家になったら周囲に『先生』って呼ばれるようになったんだけど、それに対してもすごく嫌悪感があったんです。だけど、今はそういうこだわりが全然なくなっちゃってさ。きっと俺は面倒くさい性格のまま死ぬんだろうと思っていたけれど、移植によって人間が変わった。すごいことですよ、血が入れ替わるっていうのは」

芥川賞受賞時の花村さん Ⓒ文藝春秋

 壮絶な苦痛の中でも作家であることを諦めず、むしろそれを生きる糧に変えてきた。最近では、なんとライトノベルの執筆に打ち込んでいたという。

「娘にラノベが読みたいとせがまれちゃってね。発表のあてもなければ、締め切りもない原稿を書くのがこんなに楽しいだなんて、初めて知りました。俺は長いこと京都に住んでいるけれど、もとは東京の出身だから、『登場人物が話す関西弁がおかしい』と、関西弁ネイティブの娘から手厳しいチェックを受けたりしてね(笑)。この先も書きたい題材はいろいろある。次は、江戸時代の昆布の流通にまつわる長編を書こうかと思っています。長期連載を乗り切れるのかという不安があってまだ着手する決意ができていないんだけど、一度始めちゃったら、おいそれと死ぬわけにはいかないからね」

コロナ前からマスク生活のため、家には大量にマスクをストック

 現在も生活は制約だらけだ。免疫機能の低下は容易に死に直結する感染症を招く。外出はできるだけ避けなければならず、もちろん人混みに近づくのは厳禁。生クリームや刺身、納豆など食べることを禁じられている食材も数多くあるという。

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